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    <title>すずき学院　学習教室</title>
    <link>http://suzukigakuin.com/</link>
    <copyright>すずき学院　学習教室</copyright>
    <description>すずき学院学習教室は、埼玉県さいたま市浦和区の学習塾です。自宅に教室を開き、夫婦で子どもたちとつきあってきました。地元で半世紀続いている“家庭塾”です。</description>
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      <title>風土・風景・殺風景（２０１８年１２月２４日）</title>
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      <description>先日散歩していたとき、小学生のころ「“風”って不思議な自然現象だなあ」と、風にそよぐ草や池のさざ波を眺めていた記憶がよみがえりました。雨・雪・雲・雷・・・どれも眼に見えるのに、風は木々や草など何かを動かすことでその存在を示します。　風は空気全体の動きなので、全体的な雰囲気の方向のような意味でも「風」という言葉が使われることが多いようです。選挙などで「追い風が吹いた」とか、「逆風が強かった」と使うこともあるし、また、ファッション・料理などで「○○風（ふう）」というのもあります。中でも、ぼくは風土・風景などということばが好きです。そこに人を感じるからです。人の生活や息づかいが感じられないところには風土も風景もありません。「文芸、美術、宗教、風習などあらゆる人間活動は、大きな自然環境の影響のもとにある」といった人がいます。その“大きな自然環境”が“風景”だと思うのです。　“殺風景”とはこの“風景”がなくなることです。よく注意してみると周りにどんどん殺風景が増えています。　少しでも気に入らないと罵倒したり中傷する不寛容な人々、ビジョンのない都市計画、東北地方の長い防潮堤、議論がないまま次々と問題の多い法律が成立する国会・・・、ぼくには、これらのどれもが“殺風景”に見えます。　さまざまな考えの人がお互いを認め合い、多少の危険や不都合はたがいに知恵を出し合って支えあい、弱い立場の人たちが希望を持てる社会があってこそ豊かな“風景”が広がっていくのだと思います。　２０１９年がよい年でありますように、そしてみんなが笑顔でいられますように。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Sep 2020 10:19:54 +0900</pubDate>
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      <title>マジメなマチガイ（２０１８年１１月２６日）</title>
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      <description>このところ、年齢のせいかプリントミスをすることが多くなりました。内容についてはいまのところ決定的なミスはなさそうですが、アポストロフィを「’」とするところが「‘」となっていたり、句点を消し忘れて「。。」となっていたり、ということが目立ちます。また、そういうミスを目ざとく見つけるのが得意な子がいて、トントンとエンピツでプリントをノックします。「またやっちゃったか、ごめんな」と頭をかきながら言うと、ニヤッとしながら「だからあ、わたしのこの間違いも○にして」と言います。「よし、おわびに○にしてあげよう。」と言うと、さすがに「冗談だよ。おじさんわかってないなあ。」「もちろん、○にしてあげるんだって冗談だよ。わかってないなあ」と笑い合って一件落着です。　そう言えば、小学生クラスで人気の定番メニューがあります。“逆漢字テスト”です。テストは、ふつう、先生が生徒に対してするものですが、これは、その名の通り、１冊ずつ辞書を持った子どもたちが、おじさんに対して漢字を出題するものです。ただし、「自分が知っていることば」というのが条件です。ぼくが書けないことばを出題した子は得点して、ぼくはその子に頭を下げて“教えて”もらいます。どの子も、辞書を見比べながら意気揚々と教えてくれます。そして、それは次回以降の、おじさんへの宿題になります。　なぜ人気なのかを考えてみると、子どもたちは、質問すればすぐに反応するおじさんより、“できない・書けない”おじさんを見ていると、ホッとするらしいのです。そして、おとなげなくムキになって思い出そうとしているぼくを見ている子どもたちの表情は、とてもうれしそうです。　子どもたちの中には「まちがっているかもしれないけれど、」「たぶんまちがえているよ。」を連発する子がいます。これも、まちがえることの恐怖？があるからです。「『自分は、こう思う。こう考えてこの結論になった』と言っていいんだよ。そのほうが『知らなかった、考え違いをしていた』と気がついたとき直りやすいもんね。」と言います。　まちがいやミスには、マジメなものとフマジメなものがあります。適当にやったことやまぐれでできたものは、たとえ〇になってもほとんど意味がありません。その反面、自分なりに一生懸命考えたまちがいやミスは、必ず次につながります。　マジメなマチガイには寛容で、フマジメなマチガイはしっかりと糾弾される、勉強のことだけではなく、ぼくたちの社会もそうありたいものです。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Dec 2018 18:42:33 +0900</pubDate>
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      <title>アルキメデス（2018年10月23日）</title>
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      <description>　アルキメデスは、今から約2300年前のギリシャの科学者です。“アルキメデスの原理”として教科書にも載っている「浮力の原理」や「てこの原理」でも知られています。　なにしろはるか昔の人なので、伝わっている話がどこまで真実なのかわからないし、またその内容についても、自然科学にはあまりくわしくないぼくですが、知れば知るほど、これほどワクワクする科学者はいません。　ローマ軍がアルキメデスの住むシラクサの町を攻撃したとき、彼の優れた才能を知っていた司令官が「もし、アルキメデスを見つけたら絶対に殺してはいけない」と、全軍に命令したそうです。そして、ある兵士が一軒の家に踏み込んだとき、そこで砂の上に何やら図形を書いて考えている男を見つけ「名前を言え」といいましたが、その男は、「図を壊すな。もう少しで解が出る。」と言ったきり考え込んでいました。兵士は、どうしても名乗らないその男を殺してしまいました。　彼アルキメデスにとっては、自分の命より真理のほうが大切だったのです。　「我に支点を与えよ。さすれば地球を動かしてみよう」という“てこの原理”や“ねじ構造”を考え出したのも彼の業績だと言われています。彼自身は、実用的なことにはまったく無関心であったにもかかわらず、その発明のいくつかは戦争にも用いられたようです。科学と軍事の関係については現代の科学者たちにも教訓を残しているように思います。　彼は、後世の微分積分法につながる無限の考え方や円周率の求め方など、現代数学のもとになる数学の原理も、この時代に発見しています。　死後130年以上経って発見された彼の墓は、円柱にぴったりはまる球の体積と表面積はその円柱の2/3であることを示した数学的証明を題材に作られていたそうです。　アルキメデスの数々のエピソードは、人間にとって、何かに夢中になることがどれほど大切なことか、夢中になっていることを周囲の人間が止めてはいけないこと、さらにそこから導かれた結果をどのように活用するか、あるいは悪用するかは、周りの人々や後世の人々の責任なのではないかと思うのです。（やや遠回しな表現だったかなあ）</description>
      <pubDate>Mon, 29 Oct 2018 17:13:10 +0900</pubDate>
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      <title>友の死（２０１８年９月２４日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-124886/</link>
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      <description>２３日午前１時、友人が自宅で家族に見守られ穏やかに息を引き取りました。ぼくがおとなになってからの数少ない友人の一人で、今年の３月まで４０年以上、岸中通学区の生徒だけを受け入れる“頑固な”学習塾（たかぎ教室）をやっていました。カヤック、テニス、バラづくり、料理だけではなくさまざまに工夫をするのが大好きな多趣味の人でした。まずは子ども優先で、あまりの面倒見のよさに子どもたちの自主性を奪うのではないかとぼくと論争になったこともありました。上の写真にあるように、５，６年前まではすずき学院の子どもたちを名栗川の川遊びに連れて行ってくれてカヤックを教えてくれたり、ザリガニ取りに連れて行ってくれたり、塾のOB・OGたちにはおなじみの人でした。年末のたたみいわしの忘年会の常連で、絶品のマコのふくめ煮などおいしい料理の数々を覚えている方もいると思います。　高校の６年後輩で、ぼくの妹と同学年であることから、彼を人に紹介するとき「まあ、弟のようなものです」といったところ、憤然として「鈴木さんの友人です」と言ったこともある自尊心の強さもありました。１０日ほど前、ぼくが慣れぬ手つきで食事の介助をしたとき、拒否されるかなと思ったのですが、すっと受け入れ「ありがとう」と言ってくれたことで、彼の静かな諦念を感じたものでした。　ぼくの最後は、面倒見のよい彼に万端を頼もうと思っていたのに、逆になってしまいました。完治していたはずの肺がんが再発し間質性肺炎を併発して約半年、サッカーなどのスポーツで鍛えた大柄な体はすっかり痩せこけてしまって、それでも最後まで周囲への気遣いを忘れない人でした。この年齢になると、親しい人たちとの別れが多くなりますが、ことに自分よりも若い人たちの死は、なかなか受け入れがたく、骨身にこたえます。ぼくは無宗教者ですが、その人の記憶がだれかの心の中に残っているうちは、その人はこの世に存在していると考えています。もう会うことのない人のちょっとした表情、声、しぐさ、くせ・・・、たぶんぼくがこの世にある限り忘れることはありません。ぼくもまた、だれかにとってそういう存在でありたいと、残された生命をできるだけ輝かせたいと考えています。さっちゃん、いままでありがとう。いつまでも忘れないよ。</description>
      <pubDate>Wed, 03 Oct 2018 17:35:34 +0900</pubDate>
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      <title>忖度と惻隠（２０１８年８月２７日）</title>
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      <description>２つともむずかしい熟語ですね。でも、あの森友学園の問題では、役人たちが安倍総理夫妻の意志を推し量って特別に低い金額で国有地を譲り渡したということで、忖度ということばが有名になりました。加計学園の問題でも理事長が安倍総理の親友であることから、役人たちが忖度（そんたく）をして特別に新学部の認可を出したのではないかと言われています。　「忖」という字は、他人の心を推し量ること、だから“忖度”は、おもに自分と同じか自分よりも地位が上の人の“寸”（微妙な）心を読んで、ことばで言われなくてもその人の意志の程“度”に沿った行動をすることです。　「惻」という字も、心を推し量ることですが、こちらは外に出せない“隠”れている人の心を読み取ることです。つまり、自分の意志が出しにくい弱者やツラい思いをしている人の側に立ってその気持ちに沿うことです。これが惻隠（そくいん）ということばの意味です。　同じように「人の心を推し量る」意味のことばですが、方向がまったく違うことが分かります。現代は、政治家・官僚だけではなく、地域やクラスなど小さな単位の集団のなかでも忖度を考えて動く人がいます。言い換えれば人の顔色をうかがいながら行動している人です。一方で、大きな災害が起きるたびに駆け付けるボランティアの人々だけではなく、黙ってそっと側にいるだけのひと、遠くから見守っている人、こんな人の中に“惻隠の情”を感じることがあります。少し前になりますが、“KY”ということばを聞いてびっくりしたことがあります。これは「その場の空気が読めないこと」だそうです。ときどきみんなと違う行動をすることがあるぼくも“KY”なのかもしれません。でも、もし、このように言われることがあったら、その場の空気や中心となっている人の気分を“忖度”するのではなく、“惻隠”の気持ちだけ持てばよいと思います。　それにしても、力の強いものの意見に押され、その顔色をうかがい、まるでヒラメ（鮃くんには失礼！）のように上ばかりを見て忖度したり、空気を読みながら生きるのでは、個人としてはとても寂しい人生であるし、そういう社会は息苦しくて発展性がありません。納得できないことにはしっかりと異議を唱え、周囲と多少意見が違っても自分の意見を述べ、そのうえで弱い立場の人やツラい思いをしている人の心に沿うことができる、そんな人がひとりでも多くなれば、大きな意味で言えば戦争への道が遠くなるし、小さな意味では暮らしやすい日常になるのではないかと、おじさん自身も自戒しているのです。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Sep 2018 16:23:15 +0900</pubDate>
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      <title>再掲・戦争のほんとうの恐さ（２０１８年７月２４日）</title>
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      <description>終戦記念日（８月１５日）を前にして、８年前に書いた通信を現在の塾生とご家族にも読んでほしいと思い、再掲することにしました。新聞でもラジオでも、さまざまな人たちが平和の大切さ、戦争の悲惨さを説いています。過去の戦争や今でも世界各地で起こっている戦争の体験者（犠牲者）たちの話は、ぼくたちに平和の大切さを教えてくれます。　それはそれでとても意義のあることですが、戦争をしていた時代の人たちも、現在戦争をしている人たちも、ほとんどが心の底では「死ぬのはイヤだ。早く平和になってほしい。」と願っていたはずです。それでも戦争は起きました。塾の本棚に「妹たちのかがり火」（仁木悦子編）という本があります。この本の中に、「虫も殺せないほどやさしかった兄さんが、初めのうちは上官の命令で震えながら目をつむって捕虜を殺していたのに、次第に “大根を切るように”次々と切っていく“勇猛な帝国陸軍兵士”になったことを誇らしげに手紙に書いてくるようになる話」があります。こういう話こそ、戦争のほんとうの恐ろしさを表しているように思えます。日本各地で大規模な空爆を繰り返し、広島・長崎に原爆を投下した米軍兵士も、中国や朝鮮半島各地で身の毛もよだつような残虐な事件を起こした日本軍兵士も、引き揚げ途中の日本人家族を襲ったソ連軍兵士も、そして最近では、各地でテロを繰り返すＩＳに共鳴する人たちも、イラクやアフガンで一般市民を銃撃する米軍兵士も、その多くは、故郷では善良な市民であり家族への温かい気持ちを持ったパパや兄であるはずです。その上、近代のどの戦争の指導者たちも鬼や悪魔ではありません。彼らの多くもまた“国民のため”“正義を実現するため”と信じていました。そして戦争は起きました。なぜ、そんなことになったのでしょう。どうしたら戦争を避けることができるでしょう。そして、わたしたちの社会は、いつから戦争への道（それは平和に見える今の日常の中にある）を歩き始めるのでしょう。戦争を憎み平和を祈る心も大切ですが、世界中の一人一人がその“なぜ”を深く考えることこそ、戦争の悲惨を繰り返さない大きな力になるのではないか、とぼくは考えています。</description>
      <pubDate>Mon, 13 Aug 2018 19:24:11 +0900</pubDate>
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      <title>大人にされちゃう？（２０１８年６月２５日）</title>
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      <description>あと４年後、今の中学２年生が１８歳になる年度から、成人年齢が１８歳になります。大きな話題になりましたが、実際の生活の場面で変わるのは、「親の同意なしに色々な契約を結んだりローンを組んで大きな買い物をすることができる」「１０年有効パスポートが作れる」の２点くらいです。あとは、結婚年齢が男女同じになったことと、行政書士などいくつかの資格が取れるようになったことです。　選挙権年齢はすでに１８歳以上になっています。　　この選挙権年齢と合わせることを今回の民法改正理由として挙げていますが、かなりムリな理屈です。選挙権年齢を世界の潮流という理由で18歳に引き下げたのは、短絡志向の進む若年層の取り込みをねらったものでした。そして、今回の成人年齢の引き下げを、つぎの少年法適用年齢の引き下げの理由にしそうです。ひょっとすると、昔の元服年齢の１５歳まで下げそうな勢いです。　　　このように考えてみると、この“１８歳成人”が決して子どもや若者のための、さらに次の世代のためのものではないことが見えてきます。　　　　　　これからの社会へのさまざまな不安から、国民の多くは消費を控え富裕層もお金を貯めこんでいます。だからこそ、経済財政をすこしでも活発にするために現在審議中のIR法案（通称カジノ法）とともに、国民からお金を引き出そうとするのが「１８歳成人」の動きだと考えます。つまり“統治の論理”です。　　　　　　大勢の人を前に大変洗練されたことばづかいで対応できたり、緊急時に適切な行動ができる“大人顔負けのしっかりしている子ども”はたくさんいます。逆に、「えっ、あなたおいくつ？」とききたくなるような大人もいますね。つまり成人年齢は個人差が大変大きいのです。だから、「何歳から大人だといえるか」などという議論とは無関係に“制度上の成人年齢”を決めるのです。　　　　　　もう決まってしまった成人年齢だから、“大人にされちゃう”のではなく、“広く深く社会と人間をみることができる大人になる”ためにこそ、成績や点数しか目に入らない“やらされる勉強”ではなく“視野を広げ自分の判断ができるようになるための勉強”をしっかりしてほしい、とおじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Jul 2018 16:03:00 +0900</pubDate>
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      <title>譲ることと守ること（２０１８年５月２４日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-121701/</link>
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      <description>　塾の東側に１４階建ての大きなマンションの工事が始まっています。そして今、すぐ南と西に１３階建ての（たぶん）投資型のマンションの工事が始まろうとしています。　この地域はいつのまにか商業地域になっていて、日照権も認められていないうえに、騒音・振動に対する規制もゆるくなっています。条例や法律は、こういう開発を推進する方向になっているので、行政もそれを止めることはできにくいのです。解体工事が始まっている隣接の１３階建てマンションは、境界線いっぱいに設計されているので、仮に建築足場を組むにしても、わが家の敷地に入らなければなりません。これを断ることは、僕たちができるほとんど唯一の抵抗手段です。このことを３０年来の友人に話したところ「建てるのは先方の権利なのだから、オレだったら、『どうぞ、どうぞ』と言うと思うなあ」と言われて、大きなショックを受けました。もし、見知らぬ人が隣家に住むことになり、それが個人住宅の建築だったら僕もきっとそうしたでしょう。まさに“おたがいさま”だからです。しかし、いくら権利があるからといっても、高齢者が住む低層住宅が多い地域にムリヤリ割り込んできた１３階建て、しかも明らかに転売目的の会社に対して“譲る”必要はないように思います。一方、日ごろからなにごとも非常にまじめに考える友人に言われたことがずっと心に残り、相手との交渉にもなかなか前向きになれません。“おたがいさま”と譲る気持ちと、これまでずっと守ってきた自分たちと近隣の人たちの暮らしを維持したいという気持ちの間で揺れている毎日です。だから、そのまま放っておくと危険な既存の建物の解体工事は、せめてできるだけスムーズにやってもらって、無謀なマンション建設だけはなんとしてもあきらめてもらいたいと考えています。多くの高層マンションは、建て替え時期が来るころには子や孫が引き継がずに、そのままだんだんスラム化する、と聞いたことがあります。上記の件も含めて、現在マンションに住んでいる人、一戸建てに住んでいる人、それぞれのご意見もお聞かせください。</description>
      <pubDate>Thu, 24 May 2018 17:40:21 +0900</pubDate>
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      <title>マジメな反抗？（2018年4月23日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-121168/</link>
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      <description>先日、「マジメな反抗だったら大歓迎だよ。」と言ったところ、「えっ？」とびっくりした顔をした子がいました。“マジメ”と“反抗”という二つの言葉が結びつかなかったようです。他の子も「だって、“反抗”って“フマジメ”なことに決まってるじゃない」と言いたげな顔をしています。　幼児期の“なんでもイヤイヤ反抗期”も、小学校低学年の“口答え反抗期”も大切な反抗期ですが、中学生や高校生の反抗期は、社会の中で生きる人間として成長するためには最大の関門です。この時期になると、個人差はあっても「なんかムカつく」「わけわからず落ち込む」「不安が強くなる」という気分になることがありますが、これは、急に成長する自分の体と少しずつ大人に近づく自分の心の成長のスピードのバランスを整えるために起こる心理状態のようです。親や先生たちなど身近な大人に対して暴言を吐いたり、物に当たったり、口をきかなかったり、わざわざ規則違反をしたり・・・、度を超すと犯罪行為にまで走ってしまう場合もあります。だからこそ、一人一人表れ方の違いはあっても、一人前の社会人になるためには必要な時期なのだとわかっているだけでもこの”危うい時期“を乗り越えやすくなるかもしれません。もう少し成長してくると、社会や大人たちの状況に対する疑問や不満が大きくなってきます。その批判の目は、先生や親たちに代表される大人たちの言動に向かい、また、学校や所属する小さな単位の社会から国のような大きな単位の社会にまで向けられることがあります。おじさんが言った“マジメな反抗”というのは、この意味での反抗です。自分なりに考え、おかしいことはおかしいと言い、納得できないことは納得できないと言い、わからないことはわからないと言う態度のことです。これができてくると、“なんでもイヤイヤ”や“口答え反抗”や“なんかムカつく反抗期”から少しずつ脱皮できてくるのだろうと思います。親や先生たちとの真剣なやり取りができるようになれば、視野も知識も考える力も広げていけるはずだとおじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Sat, 05 May 2018 11:34:41 +0900</pubDate>
    </item>
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      <title>小さな庭の大きな木（２０１８年３月１９日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-119951/</link>
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      <description>わが家の“ネコのひたい”ほどの庭に、人の背丈より高い木が何本かあります。門に向かって右に白加賀（しらかが）の梅、左に山桜桃（ゆすらうめ）、内側左に山椒（さんしょう）と金木犀（きんもくせい）、さらに楓（かえで）、山茶花（さざんか）、椿（ツバキ）と並びます。　　　ぼくが子どものころは、いまでも残っている井戸のそばに、大きな柿の木が２本と八手（やつで）や山吹など、比較的殺風景な庭でしたが、庭木が好きなおばさんの手入れがよく、すこしずつ種類が増えてきました。垣根には、満天星（どうだんつつじ）、アカメ、未央柳（びおうやなぎ）、額紫陽花（がくあじさい）、木瓜（ぼけ）、萩（はぎ）、月桂樹（げっけいじゅ）、そして亀甲竹があります。梅はもう散ってしまいましたがいまはユスラウメとボケが咲いています。そして一番奥の物置の前には、この小さな庭のスターである花海棠（はなかいどう）があります。この木は、およそ４０年前に母が苗を買ってきて植え、その後おばさんが現在の場所に植え替えたものです。いま小さな蕾（つぼみ）がつき始めています。あと２週間もすると、ピンクの花が次々と開き始め、上の写真のようにいっぱいに広がります。２階の物干し場から花の中に顔を突っ込むと、まるで桃源郷（とうげんきょう）にいるようです。儚（はかな）げな風情（ふぜい）の染井吉野（ソメイヨシノ）よりもずっと鮮やかで明るい花です。散るときも庭一面に派手やかなピンクのカーペットを敷き詰めたようになります。　実は、満天星・山桜桃など、今回調べて初めて知った字もあったので、あえて漢字を使ってみました。　ところで、なぜ、こんなことを書きたかったか。塾に来た人はわかるように、目の前に１４階建てのマンションが建築中で、これが完成すると、東からの日差しはなくなり、強いビル風も吹き、この小さな庭の木々たちの命も枯れてしまうのではないか、との思いから木々たちのための挽歌を書きたかったのかもしれません。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Mar 2018 18:38:26 +0900</pubDate>
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      <title>日本チャチャチャ！？（２０１８年２月２２日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-119263/</link>
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      <description>平昌（ピョンチャン）冬季オリンピックが盛り上がっています。羽生結弦選手、小平奈緒選手の金メダルを初め、日本選手の活躍は新聞・テレビ・ラジオやネットで繰り返し報道され、かなりプライベートな情報まで取り上げられています。　テレビでは、安倍首相が羽生選手に直接電話をするなどのパフォーマンスも用意周到に放映されました。　街頭インタビューでは、満面の笑顔で「ほんとうに日本チャチャチャですね。」ということばも聞かれ、新聞は多くの紙面を割いています。じつはその陰で、政治と官庁と利権との象徴的な関係である「森友学園問題」や、企業で働く人たちの今後に大きな影響がある「裁量労働制」、カジノを含む統合型リゾート（IR）、「改憲」など、これからの社会を決定づけるさまざまな問題が進んでいます。　もちろん、当事者である選手たちの責任ではありません。ぼくも羽生選手の演技には心の底から感嘆し興奮した一人です。それならそれでいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、オリンピックが大切な問題から国民の目をそらすことに使われているとしたらどうでしょうか。海外では、トランプ大統領が、ロシア疑惑・銃規制問題など国内の困難な問題を隠しながら、軍事上の強硬な姿勢を訴え、イスラエルではネタニヤフ首相が、汚職疑惑を隠すようにパレスチナへの軍事作戦をエスカレートさせています。北朝鮮の政権が、ピョンチャンオリンピックを利用して南北の融和を企て国際的な制裁を緩めようとしているのは、よく知られています。日本も例外ではないと思います。　「日本チャチャチャ！」と浮かれていても、自分たちの社会の動きや世界の動きがどうなっているかも忘れないようにしたいですね。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Feb 2018 19:27:01 +0900</pubDate>
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      <title>これからの時代（2018年1月24日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-118795/</link>
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      <description>いまのぼくにとって、これからの時代がどうなるかが一番の関心事です。それは、たぶん自分が見届けることのできない未来のことだからです。　自然環境、社会環境、経済状況・・・どれについて考えても、あまりよい予測を持てないのは、これも老人だからなのかもしれません。これまでの時代は、いわゆる“学校エリート”たちがリーダーでした。合理性を求め効率的な社会と経済成長を目指してきた時代でした。２０世紀の後半、バブル崩壊・環境の悪化・経済格差などさまざまな破綻がみえてきたところに、今世紀になってアメリカの同時多発テロ・リーマンショック、大震災・原発事故など、これまでの価値観を根底から揺るがすようなことが次々に起きました。それでもラク・トク・ベンリをめざす社会はあまり変わらず、失敗を恐れ（隠し）、指示通りに行動する（従順）“学校エリート”はまだまだ健在？です。一方で、これまでのエリート層に反発する動きも世界中で広がっています。実は、アメリカのトランプ大統領、日本の安倍晋三首相への支持も、その動きが変形して現出したものだと思います。しかし、こういう混迷の時代だからなのか、スポーツや文化の面だけでなく、先端科学技術や言論、社会活動の世界にも、これまでにないようなエネルギッシュで幅の広い視野を持った人たちが次々と現れているように思います。　こういう人たちの言動を観察していると、“学校エリート”に代表されるような“正確に・早く・効率的に処理する”いわゆるAI的能力よりも、「自分が好きなことに活き活きと取り組む能力」が必要な時代が到来するように思います。あるいは、人間としてAI時代に生き抜いていく能力の方向を示唆しているのかもしれませんそして、そういう多彩な能力こそが、自然環境、社会環境、経済状況、さらには戦争・貧困・差別など、いまのわれわれの社会が抱えているさまざまな問題に解決の途を見つけるのではないかと、“これからの時代への希望”が大きく膨らんできます。</description>
      <pubDate>Wed, 07 Feb 2018 16:23:41 +0900</pubDate>
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      <title>核兵器禁止条約とＩＣＡＮ（２０１７年１２月２１日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-117565/</link>
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      <description>今年のノーベル平和賞は、国際ＮＧＯ「核兵器廃絶国際キャンペーン」ＩＣＡＮが受賞しました。授賞式では、広島の被爆体験者であるカナダのサーロー節子さんが「核保有国とその傘下にある国（日本も含む）が人類を危機にさらしている」と演説しました。一方で、核の脅威と恐怖があるからこそ、この７０年以上の間、大きな戦争が起きなかったのだ、という“核抑止論”があります。ぼくはどちらの立場にもある種の真実が含まれていると考えます。ただし“核抑止論”には、さらに強力で高価な兵器を売りたいという軍需産業の強い意志も働いているのですが・・・。この状況について、ぼくなりのたとえ話をしてみましょう。拳銃を持った男が数人、たがいに向かい合っている姿を想像してください。一人が不安に駆られて自動小銃を取り出します。すると別のだれかが強力なマシンガンを構えます。当然ほかの男たちも次々と強力な武器を持ち出します。この状況になると、さすがにだれもが、自分が先に発砲すれば他から狙い撃ちされて自滅すると思う一方、だれかが偶然発砲するかもしれないとの不安が強くなり、「このままだとヤバい。おまえが武器を捨てればオレも捨てる」と呼びかけますが、相手に対する不信感があるので、だれも武器を捨てるはずがありません。今の世界の状況は、これと似ています。こんなとき、拳銃のままでいた一人の男が、「オレは銃撃戦の悲惨さをよく知っている。だから、まずオレが捨てよう。」と言い出して拳銃を置きます。この瞬間、他の男たちにとって、この男はもっとも銃撃しにくい相手になるはずですね。この男を攻撃する口実も理由もなくなるからです。そして、この男こそ、一人一人に武器を収めさせ、この危険な状況を回避するキーマンになるはずです。まさに日本こそが世界中で一番この役割にふさわしい国であるはずです。かんたんではありませんが、人類が核戦争の恐怖から救われる唯一の途であるのではないかと思います。しかし、現状は・・・、最も強力なマシンガンを持っている男のそばにくっついて、いつでも発砲できるように助手をしている男が日本の姿です。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Dec 2017 21:35:23 +0900</pubDate>
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      <title>“勉強”についてのホンネ（２０１７年１１月２４日）にち</title>
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      <description>「こんな勉強をやって将来なんの役に立つの？」と、子どもたちのこういう“素朴な”疑問は、もうずっと昔から繰り返されてきたものです。じつは、その疑問を発する心の内は、単に「勉強やりたくないなあ・・」であることも多いのです。以前は「ほとんどなんの役にも立たないよ。まあ、塾の先生にでもなれば少しは役に立つかなあ」などと冗談めかして言っていました。若いころは、「“学問”の目的は、直接何かの役に立てることではない。」と考えていたからです。でも、最近はちょっと考え方がちがってきました。　中学では、数学・英語・国語・社会・理科の５教科に、音楽・美術・技術・家庭・体育があります。だれでも、「なんでこんなことまでやるんだ」と一度ならず考えたことがあるはずです。だから、前記の子どもの疑問にもハタと答えに窮してしまうのかもしれません。　しかし、この教科のラインナップをよくよく眺めてみると、なかなかよく選ばれていることに気がつきます。論理力や客観性を養う（数学）、コミュニケーション力・表現力のための（英語・国語）、社会現象を理解する基礎知識としての（社会）、自然現象を理解するための基礎知識と考え方（理科）、それに健康を維持し生活を豊かなものにするための経験と訓練（芸術・生活・体育）、これらの中には人類が営々として築き上げてきた知恵のエッセンスが確かに組み込まれています。これらが、学校や先生たちによって、具体的にどのように伝えられているかはべつの問題としても、こういう教科を通して伝えようとしたものが、人間社会の文明を支えてきたことを否定できないような気がします。　少なくとも、義務教育段階でのこういう勉強は、将来、ごくふつうの生活をするごくふつうの子どもたちにとっても、充分に役に立つのではないかと思います。この塾が“目先の成績や点数だけを目標とするのではなく”、広く、将来への展望まで見える勉強を心がけていきたい、と呼びかけているのも、そういう考えが基本にあります。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Dec 2017 21:30:36 +0900</pubDate>
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      <title>結果主義あれこれ（２０１７年１０月２４日）</title>
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      <description>「結果がすべて」という考え方があります。これを結果主義と言います。ところが、結果主義には２通りの場合があるようです。ひとつは、結果だけみて「やった〜」「ダメだった〜」「つぎはガンバル」という場合です。こういう人のほとんどは“自分ができる最大限の努力と工夫”をしていません。もうひとつは、自分が努力と工夫をした結果よかったときも、思い通りの結果にならなかった場合のどちらも、徹底的に分析をして次に活かそうとする立場です。あるいは、次がない場合でさえ、納得がいくまで分析をします。　つまり、「自分ができる最大限の努力と工夫をした結果・・・」という条件があるからこそ、“結果”に意味が出てくるのですね。これは、スポーツや囲碁将棋のプロたちも同様です。多くのプロたちは、相手のミスで勝ったとしてもあまり喜びません。次につながらないからです。それどころか、一流になればなるほど、相手の得意な形に持ち込もうとします。それが後々の大きな“結果”をもたらすからです。目先の小さな“結果”だけをみてはいません。スポーツでも、勝者が必ず口にするのは「目の前の一つ一つのプレーを大切にしてきた結果です。」ということばです。一つ一つの積み重ねなしに勝つことばかり考えていたのでは、アゴを突き出して走っているようなものだということを骨身にしみて知っているからです。初めにあげた“結果主義”の二つの場合のうち、前の場合の人が増えていくと、社会はとりあえずラクに手に入る結果を求め、とりあえずやり過ごして先延ばしするという風潮が強くなってきます。丁寧に一つ一つを解決していこうとする地道な努力が軽んじられます。その行き着く先が「ごちゃごちゃメンド―なことを言わずやっちまえ」という気分です。今度の総選挙（衆議院議員選挙）では与党が圧勝しましたが、それがこういう社会の気分の表れでないことを祈るしかありません。戦争も、“悪しき結果主義”の産物だからです。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Dec 2017 21:25:42 +0900</pubDate>
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      <title>防衛？迎撃？でなく不戦（２０１７年９月２５日）</title>
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      <description>北朝鮮からのミサイルが日本上空を何度か通過しました。政府はそのたびにJアラート（瞬時警報システム）を出します。「近くの頑丈な建物に入る」「地下に逃げる」「どちらもできないときは地面に伏せて頭部を守る」などと呼びかけています。電車が止まったりなど、交通機関も大きく乱れます。こんな非現実的でこっけいな対応をマスメディアもほとんど批判しません。まるで７２年前の戦争末期に、米軍の大空襲に対してなすすべもない“空襲警報発令”を連発したことや、上陸してくる米軍に竹槍で立ち向かう訓練を大まじめにやらせたときのようです。冷静に考えれば、核弾頭をつけたミサイルに直撃されたら、上記のどの対応をしても逃げることができません。そもそもミサイルを日本列島に打ち込むなどという破滅的なことを北朝鮮がやるはずがありません。口実と大義を得たアメリカ軍だけではなく、周辺国からも瞬時に壊滅させられるからです。また、北朝鮮の技術は誤射や事故で日本に落下するような段階ではなくなっていると専門家は言います。その上、一基数億〜数十億円もするPAC３やSM―６は、一度も実戦迎撃に成功していません。日本攻撃があり得るとすれば、２つ考えられます。一つは、北朝鮮がアメリカ本土とアジア周辺の米軍基地を同時に攻撃できる能力を持ったときです。次に、北朝鮮を徹底的に追い詰めた結果暴発してしまう場合です。これは、７６年前、東南アジアの石油ルートを完全に断たれてしまったことが、日本が真珠湾奇襲に踏み切った理由の一つであったことを考えるとわかります。だからこそ、トランプ大統領や安倍首相のように、北朝鮮を挑発し危機意識をあおるほど危険を呼び込む確率が高くなるはずです。では、彼らがなぜ危機意識をあおるのか、それは軍事予算を増やし軍需産業を活性化することで経済を好転させようとしているからだと思います。軍備拡張ができるように憲法を変えようとする自民・小池新党などを初めとした動きも、同じ理由からです。戦争を避けるために必要なのは、防衛力強化や迎撃態勢ではなく、粘り強い交渉と“不戦の決意”だと考えます。仮に日本が無防備・無抵抗だとしたら、彼らは日本攻撃の口実を失うし占領も進駐もしないはずです。資源のない国の占領は何のメリットもないばかりか、彼らの体制にとってはかえって危険であるからです。勝っても負けても戦争の犠牲者はわたしたち一般の国民です。その意味で、わたしたちにとって今度の衆院選は、次の世代の命運を決める非常に大切な選挙になります。冷静に判断し、絶対に棄権をすることないようにしてほしいものです。</description>
      <pubDate>Thu, 28 Sep 2017 10:50:53 +0900</pubDate>
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      <title>記憶の中の浦和空襲とその後（２０１７年８月28日）</title>
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      <description>８月は、２度と戦争の悲惨を繰り返さないことを確認する月だと考えています。　ぼくはだれかの背中におぶさりながら、大人たちが必死になって防空壕（ぼうくうごう）を掘っているのをみていました。これがぼくの２歳になる直前の人生最初の記憶です。後から調べると、１９４５年４月１２日に県庁付近の空襲があったころのはずです。その小さな防空壕に隣家とわが家の家族が入ったころ（５月２５日）、北隣の家を焼夷弾が直撃しました。真っ赤に燃える炎を見たのと「出るな」という叫び声が記憶に残っています。その家の４人家族は全員亡くなったということを何年か後に聞きました。ほんのわずかの偶然でその家族が亡くなり、ぼくはこうして７０年の時を生きています。　ぼくの家には、近くの旧制浦和高校の生徒が何人か下宿していました。その人たちが延焼を防ぐために家々に水をかけていたそうです。　終戦の時の記憶はありません。ただ、家財道具といっしょにリヤカーに乗せられ、母・祖母といっしょに上尾まで行った記憶があります。たぶん東京に大きな爆弾（原爆）が落ちるかもしれない、という情報があったのでしょう。　　４歳のとき、海軍軍医将校だった父が帰還しました。門から入るなり持っていた指揮刀を石に叩きつけて折り、ぼくをジロッとみて「おまえが一夫か」といいました。それが父との初対面の記憶です。戦場の記憶は、その後も生涯にわたって父を苦しめたようです。軍医であった父が見たものが語られることはありませんでした。終戦後、現在のさいたま市役所の向かいに進駐軍埼玉地方本部があり、母の実家も近く、付近にはアメリカ軍将校の家がいくつもありました。３歳年長のジョージという少年の家に遊びに行った記憶があります。親たちにはそこに行くことを禁止されていましたが、４歳のぼくにとって何もかも珍しい世界でした。そして、別所沼の高台にあった巨大な防空壕跡は、小学生になったぼくたちのダンジョンとして冒険遊びのまさにテーマパークになりましたが、大人になって振り返ると、そこは多くの爆死者の恨みがこもったような風景でした。　小４のとき、みんな貧しい子どもたちの中でひときわみすぼらしい服装をしていた女の子が、ある日とつぜん黒塗りの乗用車で送られてきて、黒いビロードの服、大きなリボン、革靴という姿で校門から入ってきました。先生方も含めみんなが息をのんで見つめていました。これは、その前年に始まった朝鮮戦争で父親が大もうけしたのだという話を聞きました。戦争で得をする人がいるのだということを知った記憶です。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Aug 2017 08:42:00 +0900</pubDate>
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      <title>新聞とテレビとネットと（２０１７年７月２１日）</title>
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      <description>わが家では、全国紙（毎日新聞）と地方紙（埼玉新聞）の２紙を購読しています。朝食後の時間は、二人でそれぞれほぼ１時間くらいかけて読みます。新聞は、自分の理解力や興味に合わせて何度でも読み返したり、必要な記事だけ切り取ったりできます。しかし、あらためて新聞を読み返してみると、まずは話題になりそうな問題、たとえば浅田真央さんの引退、小林麻央さんの死去、藤井四段の活躍などが連日紙面を占めていることに気がつきます。政治・社会面でも、暴言女性議員や失言問題、凶悪な事件が大きく取り上げられます。これらも大きな出来事ですが、将来の社会に大きく影響のある環境問題・原発事故処理・沖縄米軍基地・憲法議論・共謀罪の問題点などが後ろに隠れているような気がします。最近は新聞の購読数もどんどん減っていて、テレビやネットからの情報だけという家庭も多いようです。新聞でさえおもしろおかしい記事で溢れているのだから、視聴率が広告収入に直結する民放テレビも受信契約数が心配なＮＨＫも、ネットメディアまでが、いわゆる“ウケる情報”を流しています。毎月若者たちと開いている会で、前回は「メディアの問題」を取り上げました。彼らもこういう状況を深刻に受け止めていて「テレビカメラは必ずしも真実を捉えていない」「次から次に関心や興味が消費されていくので、踏みとどまって考えなくなる」「正しい情報を見極めるためにも、一人一人がしっかりと考え自分から学ばなければならない」などと、さまざまな意見が出ました。こういう若者がたくさんいれば、これからの社会にも希望が持てるのですが・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 25 Jul 2017 20:31:47 +0900</pubDate>
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      <title>文化的神経ガス（２０１７年６月２６日）</title>
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      <description>もう２０年以上昔のこと、自然豊かな山里の道を歩いていたら、一軒の茅葺屋根の家からけたたましい音が聞こえてきました。ふと見ると、それはテレビのバラエティ番組か歌番組の騒々しい声でした。そのときは、快い空気とすばらしい景観に浸っていた気持ちを台無しにされたような違和感と同時に、ぼくにはまったく興味のない都会文化も、淡々とした日常を送っているこの家の人にとっては、あこがれなのかもしれないと思ったものでした。そして、この地方の味わいのある方言も“標準語”に毒され、自然の中に溶け込んだ生活習慣も、都会文化へのあこがれの中に消えてゆくのかもしれないと漠然と考えていました。さらに、便利でラクな都会生活の恩恵をうけながら、そんな身勝手なことを考えている自分自身にも気がつきました。先日、UCLAのダニエル君と話していたとき“Cultural Nerve Gas”（文化的神経ガス）ということばが出てきました。神経ガスとは、自覚症状がないままに神経を侵され、気がついたときには体が全く動かない状態になり死亡する、という恐ろしい毒ガスです。アラスカなどの英語圏に暮らす先住民たちが、英語でのテレビやラジオ番組に触れることで、自覚症状がないまま母語を忘れ去っていってしまうように、少数者の言語や文化が消滅してしまうことを“Cultural Nerve Gas”と表現するようです。その話をしていたときに、２０年前の記憶がよみがえったというわけでした。　その当時と比べてテレビ番組の内容も変化し、さらにネット情報の洪水は、確実にぼくたちの言葉も生活のしかたも大きく変えているように思います。そして、なによりも恐ろしいことは誤った情報や語法も、繰り返し見聞することで“社会の常識”になっていくことです。　とりわけ、暮らしぶりもことばづかいも感覚も、それぞれの地方ごとに異なるだけでなく、個人個人も育ってきた背景が違うのにもかかわらず、大量の情報によって均質化されていくことで、たがいの違いや多様性を認め合わない“不寛容社会”が進んでいること、そして、その結果として社会が硬直して滅びに向かうのではないか、これがまさに“文化的神経ガス”です。　じつは、この現象の深刻さは日本だけではなく世界でも大きな問題になっています。消えていった言語、絶滅していった文化は、まさに近代の“文化的神経ガス”の結果だと言われています。　毎月第３土曜日に開いている「原点の会」（ＨＰ左下参照）の次回テーマは「メディアと私たち」です。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Jun 2017 17:57:52 +0900</pubDate>
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      <title>勝負と成績のこと（２０１７年５月２９日）</title>
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      <description>いま話題の中学生といえば、将棋の藤井聡太四段です。昨年暮れにプロデビューして以来、トッププロから強豪新鋭プロ棋士を相手に現在公式戦１９連勝中で、だれもが口をそろえて“異次元の天才”と評しています。将棋が趣味（でも今は弱〜いアマ二段）のぼくが棋譜を並べてみても、あらゆる局面でいつも最善手を求め続けようとする彼の意志を感じます。　その藤井君がこれからの目標を聞かれると、「目の前の一局、今の一手が最善であるように全力を尽くしたい」と言います。この一言だけでも彼のずば抜けた才能を感じます。　　野球のイチロー、フィギュアの羽生、相撲の白鵬・・・などのスポーツの一流選手たちだけではなく、iPS細胞の山中伸弥教授、囲碁の本因坊文裕なども同様のことを言っているところをみると、「勝とう、成果を上げよう」という気持ちが強いほど、おのずと力が入り過ぎて足元（基本）がおろそかになることを、身に染みてわかっているからだと思います。そういえば、藤井君は、強豪との大切な対局で、その相手が得意とする戦法にあえて飛び込んでいきます。これも勝負の結果を考えていたらできないことです。いつでもベストを尽くしたい、という思いだけで将棋を指しているのだと思います。余談ですが、藤井君が幼児期に使ったことで評判になったキュボロ（CUBORO）を、わが家に遊びに来るたびに取り組んでいる塾ＯＢの息子（小３）がいます。はたして第２の藤井聡太になるか！？　それはそれとして、悲しいかな、多くの人たちは、ついつい結果を気にしがちで、彼ら“天才”とは関係ないように思えますが、実は、ぼくら凡人にとっても、目の前の一つ一つにしっかりと取り組み続け、確実に身につけようとすることが向上・上達への近道です。　そう言っているぼく自身が、毎日続けようと決心して始めたことがなかなか続けられないのだから、まさに「継続は力なり」はすべてに通じることなのだと実感します。おばさんもおじさんも、塾のみんなが全力を傾け続けるためのお手伝いをしたいと思っています。もっともっと塾を活用してくださいね。</description>
      <pubDate>Sun, 11 Jun 2017 20:26:25 +0900</pubDate>
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      <title>怖い小咄（こばなし）（２０１７年４月２４日）</title>
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      <description>憲法記念日を前にしたこの時期は、憲法とこれからの社会に関係することを書くことにしています。今回は、このようにならないことを祈って、ぼくが作った怖いお話を書きます。　　　　２０××年、これまで７０年にわたって“戦争をしない国”と世界に宣言してきた日本の憲法が“改正”された。新憲法では、海外に派兵をすることができ、軍事裁判所を持つ本格的な軍（国防軍）を置き、国民は憲法と政府の指示に従わなければならない、などと定められている。（自民党憲法草案より）　一方、アメリカではトランプ政権が自国の経済優先を掲げ、軍事費を減らし、これまで自認してきた“世界の警察官”の役割を日本に肩代わりさせることにした。日本政府も“積極的平和主義”を唱えて、世界各地に国防軍を派遣し始めた。軍事転用技術を提供することによって生き残ろうとする大学が続出した。それに反対する研究者たちは常に監視されるようになった。学生や若者たちは、経済の低迷とＡＩ（人工知能）の進化によって職に就けず、国民の間の経済的な格差はますます大きくなった。その中で唯一成長を続けていたのは軍需産業だった。だから多くの企業は、どうにかして軍とのつながりを持とうとした。そして、どこよりも高給で手厚い福利厚生があるのが国防軍だった。職のない若者たちは、男女を問わず競って国防軍に入隊し、世界の紛争地に派遣された。戦死をした場合は国から多額の補償金が与えられるようになった。一方で、日本国防軍との戦闘によって殺された地域の人々の恨みが、日本国内でのさまざまなテロ活動となって悲劇を増やした。また、これまで“戦争をしない国”と世界に公言したきた日本が自国の具体的な脅威になったという“大義名分”を与えられた中国は、それを口実にして日本近海に公然と大艦隊を配置し、北朝鮮は核ミサイルの照準を日本の各地に向けていることを映像で示している。まさに戦争が目の前に迫っている。　　　　　　　　　　　　　　ここで書いたことは、あくまでもぼくの悪夢ですが、けっして荒唐無稽の空想ではないと考えています。機会があったら、ぜひ「自由民主党新憲法草案」をじっくり読んでください。“憲法改正”とは、こういう憲法のもとに暮らさなければならない、ということなのです。</description>
      <pubDate>Tue, 25 Apr 2017 11:37:10 +0900</pubDate>
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      <title>〇も大切ですね（２０１７年３月１７日）</title>
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      <description>ぼくは「塾での×はラッキー！」と折に触れて言ってきました。×をもらいたくない、という気持ちが強すぎると、もう少し考えてみよう、もうちょっと頑張ってみよう、というところにはつながらず、思考停止してしまうので、「いっしょうけんめい取り組んだ結果間違えることは、塾ではラッキーだ、だからマグレ当たりは損だよ。」というメッセージを送り続けています。これが、身に染みて分かってくると、その子なりの安定した学力がついてくるはずです。冷静に考えれば、“×”を受け入れる、つまり自分の弱点や間違えやすいところを、ふだんの勉強の中でどんどん見つけることが、つぎの進歩につながるので、まさにラッキーなことのはずです。宇宙開発のような大きなプロジェクトでも、実験やテスト段階で、できるだけたくさんの問題点が出てくれば、宇宙飛行士を乗せて飛ぶときの安全性がそれだけ高まります。自動車の新車テストでも、普通は考えられないようなきびしい状況の中でおこなうことで、買った人たちが実際に路上を走るときの事故を少なくしようとしています。そうは言ってもやっぱり○のほうがいい、×は自分を否定されたような気持ちになる、という子が多いものです。だから、今回は、あえて逆のことを提案してみます。点数や成績が出るたびに、「ダメだねえ」とがっかりされていると、そういう気持ちになるのももっともです。ぼくも自分の気持ちが沈んでいるときや失敗を悔やんでいるときなどに、さらに×が付け加わってしまうと、だれに言われたわけではなくても、さらに落ち込んでしまうことがあります。ちょっと自信を失っているとき、不安なとき、失敗続きのとき、自分の○を数え上げてみましょう。「ここもできている。これもがんばった。ここは×になったけれど、内容的には○だ。１年前にできていなかったことが完全にできるようになった。・・・」など、一つ一つ数えていくと、○がどんどん増えていくでしょう。それでも残る×は、元気がいいときにひとつひとつ点検していって、すこしずつ“自分の宝物”にしていきましょう。冷静さも大切ですが、まずは、元気であることが一番です。世の中に殺伐とした対立が多くなってくる時代、自分自身の○を数え上げながら、だれかほかの人の○も数えてみたいですね。</description>
      <pubDate>Sat, 08 Apr 2017 19:13:22 +0900</pubDate>
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      <title>昴（すばる）（２０１７年２月２１日）</title>
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      <description>今ごろの季節、よく晴れた日の夜、ちょうど中学生たちが塾から帰るころ、天頂よりすこし西よりのところにオリオンの三ツ星が見えます。その三ツ星のならびに沿って西の方に目を移すと、カップの形のような星の集まりがあります。小さな望遠鏡で見ると、青白く夢のように輝いている若い星の集団であることがわかります。これがプレアデス星団です。　日本では古くから昴（すばる）と呼ばれ、玉飾りの形に見られたようです。清少納言も「星はすばる・・・」（枕草子239段）と星の第一に数え、さまざまな伝説や、農業の種まきの目安としても親しまれたようです。お父さんお母さんの世代（祖父母の世代？）には、谷村新司の歌や車の名前としてもおなじみであるはずです。　上にはこうこうと輝く大きな月と赤くあやしく輝く火星、この２つはこの時期の夜空でひときわ目立ちます。月や火星は太陽の光を受け、その光を反射して輝いています。しかし、その夜空にあって、小さな「すばる」の仲間たちは、お互いの位置をしっかりと守りながら、それぞれが独立した恒星として自分自身の光を宇宙空間に放っています。　子どもたちもまた「すばる」であってほしい、一人一人の存在は小さくても、ひとりひとりが自分自身の光で輝き、おたがいを大切にし認め合える人間であってほしいと思うのです。（この文は約３０年ほど前に書いたものです。ひさしぶりに「すばる」をながめながら、現在の塾の子どもたちにも“すばる”への思いを伝えたくて、７，８年ごとにちょっと手直しをしてから再掲しています。挿絵は、おばさんが模写をしたものです。）　世界中で“ナショナリズム”“排外主義”“異端不受容”などが進むなか、この「ひとりひとりが自分自身の光で輝き、おたがいを大切にし認め合える」“すばるの思い”こそがこれからの社会が目指すべき形の一つではないかとおじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Mar 2017 12:23:56 +0900</pubDate>
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      <title>自己中心主義（２０１７年１月２４日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-108118/</link>
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      <description>日本時間１月２１日、アメリカではトランプ大統領が就任し、大相撲初場所では大関稀勢の里が優勝しました。なぜこの２つのことを結びつけたのかというと、それぞれの支持者（ファン）の気持ちの中に自己中心主義（egocentrism）を感じたからです。　稀勢の里自身にはなんの責任もありませんが、白鵬が敗れて優勝が決まった瞬間の　場内の騒ぎぶりと“日本出身力士”を強調する放送、白鵬を初めとして、これまで大相撲を支えてきたモンゴル力士たちがまるで仇でもあるかのようなはしゃぎかたでした。それまでの企業経営的な駆け引きに飽き足らなくなったトランプ氏が大統領選に出馬した当初は、本人も当選するとは考えていなかったのだと思います。しかし、刺激的な発言を繰り返して現状に不満を抱える人たちの支持を集め、思いもかけず共和党の予備選挙に勝ってしまいました。この段階で彼は本気で大統領をめざし始めたのでしょう。そのトランプ大統領が打ち出したのが“America First“という政策です。「アメリカ国民を外国からの移民や外国企業から守り、アメリカを再び偉大な国にする」というのです。これこそまさに“自己中心主義”です。ホンネを言うと、ぼくは“自己中心主義”が、必ずしも悪いものだとは考えていません。個人も国も、自分と自分の属する社会がよくなることを心から望むのだとすれば、周りの人たちや近隣の社会を尊重しなければならないからです。トランプ大統領の“アメリカ第一主義”は、アメリカの敗北宣言と同じです。排外主義は、結果的にアメリカ国民とアメリカ社会のプライドと活力を奪うことになるからです。同様に、モンゴル力士たちが負けることを喜ぶことは、その人たちが応援している“日本出身力士”の誇りを傷つけるものです。日本に長く住んでいる外国籍の人を排除することは、彼らと対等に切磋琢磨してきた人たちを貶（おとし）めるものでしかありません。“不法移民”とか“在日外国人”のなかには、自分や自分たちにとってプラスの人もいればマイナスの人もいる、これは自国民であろうと同じことです。これからの人たちは、一つ一つの場面や現象をしっかり判断して、「自分や自分たちにとって“真にプラスになること”はなにか」を真剣に考えなければならない時代になったのだ、と思います。</description>
      <pubDate>Wed, 25 Jan 2017 20:04:22 +0900</pubDate>
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      <title>ネット検索（２０１６年１２月２３日）</title>
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      <description>以前は調べものをするときに、何冊も本を読んだり百科事典を調べたりしていましたが、最近はインターネットで調べることが多くなりました。それでも官公庁サイト・専門組織サイトやウィキべディアなど、ある程度信頼できるデータだけを調べ、いわゆる“ネットサーフィン”はほとんどしませんでした。　ところが、先日、確認したいことがあって動画サイト・ユーチューブをみたところ、あまりにも“荒れ果てた現代社会”を映し出している実情がみえたので、衝撃のあまり夢中になってネット上を飛びまくりました。すると、まさにあちこちで民族差別の嵐・有名人への中傷など、攻撃的な言葉や映像があふれています。その上、いわゆるウケねらいの動画がいっぱいあります。なかには明らかに自分の犯罪を公表しているようなものさえあります。　データや情報のサイトの中にも、いろいろなところからの情報をまとめただけの“まとめサイト”、偽情報がいっぱいのフェイクサイトがあふれています。そのほとんどがアフィリエイト（成功報酬型広告）収入が目的のようです。次期米大統領トランプ氏がツィッターでつぶやくと世界が揺れます。彼もまたそれを狙っているようです。一方、日本の政治家たちがツィッターやブログで“ホンネ”を書いた後でメディアに批判されてから「誤解を招いた」とあわてているようすは恥ずかしい限りです。現代の子どもや若者はネット社会を上手に生きていると言われますが、卒論のコピペをして処分される学生や、ＬＩＮＥのやり取りの中で死に追いつめられる子どももいます。ＳＮＳを通して犯罪に巻き込まれる人もいます。近年、子どもたちの間で起きるイジメなどの“問題行動”の表れかたをみると、学校や勉強に対する息苦しさが一因であるとしても、ネット上にぶちまけられるpent-up ressentiment(閉じ込められている恨み・嫉妬・憎しみなどの感情)の連鎖が大きく影響しているように思えてなりません。インターネットやＳＮＳは、大変便利なツールで楽しさもいっぱいです。その反面、あのパンドラの箱のように、ありとあらゆるワナや偽情報や悪感情がうずまいています。ＰＣやスマホなどでネット検索をするには、かなり成熟した判断力と洞察力が必要で、そのためには機器の操作技術ではなく、実体験と思考を積むことこそが大切ですね。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Dec 2016 10:50:50 +0900</pubDate>
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      <title>Love trumps hate(２０１６年１１月２４日）</title>
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      <description>アメリカ大統領選挙の結果については、ふだん政治なんて関心のなさそうな人たちも、ぼくとの交換ノートの中で不安な気持ちを書いています。国際世論はもちろん、経済界もアメリカのメディアも日本のメディアも予想していなかった結果だったのだから、子どもたちが不安になるのは当然のことです。日本各地でヘイトスピーチを繰り返している“在特会”の会長と、「日本第一主義」を掲げる“日本会議”の議長を兼ねているような人物が、次期アメリカ大統領トランプ氏です。どの社会にも、「自分はもっと恵まれるべき人間だ」「“劣っている人間たち”のために不運でつらい思いをさせられている」と考える人はたくさんいます。世界各地で、そういう人たちに支えられた排外保護主義、ナショナリズムが強くなっています。安倍首相の「日本を取り戻す」というスローガンとトランプ氏の「Make America Great Again！」はみごとに符合しています。世界首脳のトップを切ってトランプと会談した安倍氏は、「信頼できる指導者」と言った直後に“ＴＰＰ離脱”を公言されてしまいました。ぼくの若い友人?ダニエル君は、先日初めて“反トランプ抗議集会”に参加したそうです。彼とのスカイプの中で「今回の大統領選挙は大きな異変で、不安も多いけれど、これまで政治や社会のことに無関心だった多くの若者たちが考え始めたことが、とても大きな収穫だ。」というのがぼくとダニエルとの一致した結論でした。タイトルに書いたのは、ヒラリー・クリントンの選挙スローガンです。ニューヨークのトランプタワーの前に、多くの人たちがこのプラカードを持って集まっているようです。これに「トランプ大嫌い」というキャプションをつけた日本のメディアがあるそうですが、ほんとうはtrump（打ち負かす）という動詞とMr.Trumpをかけて、「愛は憎しみに打ち勝つ」という意味です。憎悪と差別が広がるかもしれないこれからの世界で、少しでも他者を理解し手を取り合うことこそが、人類が永く地球上で暮らしていける唯一の道ではないかとぼくは考えています。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Nov 2016 11:23:39 +0900</pubDate>
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      <title>死刑制度（２０１６年１０月２２日）</title>
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      <description>世論の８割が死刑制度存続を支持している中で、今月７日、日本弁護士連合会（日弁連）から「死刑制度を廃止し仮釈放のない終身刑の導入を目指す」という宣言が出ました。学生時代に刑法学を学んでいたぼくは、“死刑制度”を最大のテーマにしてきたので無関心ではいられません。そこで、ぼく自身の“死刑制度論”を簡潔に書くことにしました。　まず、近代の“法”は、それが適用される期間と地域を限定している社会を維持することが目的なので、その目的を越えてしまう刑罰（身体刑）を科すことはできない、という点です。　だからこそ、かつてあった鞭打ち・水責め・石打ち・刺青などの身体に対する刑罰は、日本を含むほとんどの国から姿を消したのです。懲役刑・禁固刑・罰金刑などは、基本的人権のうちの“自由権”を制限する“自由刑”です。“仮釈放のない終身刑”は究極の自由刑ですが、死刑は、近代の法の考え方とは相容れない“絶対的な身体刑”です。　つぎに、近代の“法”は、復讐感情の代行をしない、という点です。　仮に、最愛の子どもが泥酔運転の犠牲になったら、あるいは、家族同然のペットが惨殺された場合ですら決して許すことはできない、ぼくだったら犯人を殺しに行くかもしれません。　　　それほどまでに、人間の復讐感情はだれにでも底深くあります。しかし、上の２つの例では死刑は適用されません。“殺人罪”ではないからです。また、たとえ殺人罪であっても犠牲者が一人である場合にはほとんど死刑にはなりません。前に述べたように、社会を維持することが近代の“法”の第一の目的であって復讐感情の代行ではないからです。　別の面で考えると、弁明の余地がない犯罪を犯してしまった人間にとって、死刑よりも仮釈放のない終身刑のほうが苛酷な刑罰であることを考え、また、社会防衛の立場からも冤罪回復の可能性からも“仮釈放のない終身刑”こそが最適な法制度ではないかと思うのです。　「残虐なことをした人間に生きる権利はない」「国民の血税で悪人を養う必要はない」という意見もありますが、これも社会を維持するための必要コストだと考えるのはどうでしょうか。　国家権力の最も強権的な行使が、対外的には戦争であり国内的には死刑制度であるとすれば、死刑は廃止される方向に進んでいくべきだと、ぼくは考えています。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Oct 2016 18:49:47 +0900</pubDate>
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      <title>コミュニケーション能力（２０１６年９月２４日）</title>
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      <description>「コミュニケーション能力認定」という講座があるのを知ってビックリしました。それによると、“聴く力・説明する力・質問する力・協調性”を「コミュニケーション能力」というようです。でも、具体的には、それが言語能力なのか、空気を読む力か、それとも人との距離を測る能力なのかよくわかりません。いずれにしても、今や“責任感”などを上回って、企業が社員に求める能力の第一位だそうです。つまり、企画・提案する力があってなめらかに話せる人が有利であるようです。地道に誠実にやる仕事は、コンピューターや機械に代わられています。ＡＩ（人工知能）が進化すれば、この傾向はもっと進むのかもしれません。　しかし、かつては　“口下手で人づきあいが苦手でぶっきらぼうだけれど、とても誠実で、やるべき仕事は決して手を抜かない”人がたくさんいました。目を見張るようなすばらしい手仕事の世界や、黙々と自然と関わる農業に従事する人の多くはそういう人たちでした。ぼくたちの衣食住は、そういう人たちによって支えられてきました。彼らは人と人のコミュニケーションは苦手でも、目の前の“モノ”や“自然”“作物”などと深くコミュニケートしていました。「口のうまいヤツの仕事は信用できない」とさえ言われていたようです。　今や、農業人口は、わずか２０年前の1/3まで減少し、しかもそのほとんどが高齢者です。ものづくりの世界でも、大工などの職人が大幅に減って、その道具を作る職人もどんどん減っています。　ところで、“ひきこもり”が各年代にわたって増加しているという統計調査結果が報道されましたが、まさに、上記のような社会状況と、コミュニケーション能力を強調しすぎた結果のような気がします。現代的なコミュニケーションが苦手な人でも、自分の得意分野では周囲に尊重されて生きることができる社会を取り戻すことができるのではないでしょうか。　ぼく自身は、読むこと・書くこと・聞くことを大切にしてきたつもりですが、話すことは苦手だし、コミュニケーション能力にも自信はありません。でも、ある時期からは、塾という小さな場でも、社会という大きな場でも、“次の世代が生きる希望と喜びに満ちた環境のなかで生きられるために”微力でも自分ができることは何かを考えてきました。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Sep 2016 13:05:01 +0900</pubDate>
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      <title>“役に立たない人”（２０１６年８月２４日）</title>
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      <description>先月号の通信でＵＤ（ユニバーサルデザイン）について書いたばかりですが、その直後の７月２６日に、あの相模原の施設での悲惨な事件が起きました。新聞などでは、被疑者の異常性と多重障害者に対する社会の無理解が多く取り上げられています。２０年ほど前、ある中学生が「老人って、なにも社会の役に立たないのに、お金と手間ばかりかかるんだよね。」とつぶやいていたことを思い出します。公然と口にしないまでも、心のどこかで、この中学生と近い考えを持っている人は多いのではないかと思います。効率がよい、役に立つ、利益がある、便利、手間いらず（ラク）、カッコいい・・・が社会の価値観の中心にあれば、このように考える人が多いのもムリはありません。そのような価値観を持っている人たちに「命の価値はみな同じ」と説いてみたところで、“きれいごと”で“ウソっぽい”ことばに聞こえるのかもしれません。つぎのようなたとえはどうでしょうか。忙しいとき、何かの期限に間に合わないとき、「眠らなくてよければなあ」「食事の時間を削りたいなあ」と思った人もいるはずです。実際、睡眠や食事の時間を削ってしまう人もいます。しかし、その結果は、体調を崩してしまって逆に予定が狂ってしまうことになります。一方で、睡眠時間はだれにとってもホッとする時間です。食事の時間が何よりも楽しみな時間である人は多いはずです。だからこそ、どれほど効率主義にハマっている人でも、睡眠時間や食事の時間はいらないという人はいません。つまり、だれでもが「いつか“役に立たない人”になる・家族に“役に立たない人”ができる可能性がある」という消極的な意味だけではなく、実は、その“役に立たない人”が、社会にとっても“かけがえのない存在”であるということは、一人の人間にとっての食事時間や睡眠時間に置き換えてみると理解できるのではないでしょうか。だからこそ、“役に立たない人”にかかるお金と手間は、社会にとっての“当然のコスト”なのではないかと、おじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Aug 2016 18:24:17 +0900</pubDate>
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      <title>ＵＤって？（２０１６年７月２６日）</title>
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      <description>商品・サービス・施設などを、障害の有無にかかわらずだれでもが無理なく利用できる設計やデザインの考え方（universal  design）のことです。視覚障害者にとっては缶ビールのフタ・紙幣の端・駅の自動出札機・歩道などにある突起や点字、聴覚障害者にとっての音声交通信号・順路の音声ガイドなどは、とても助かります。また、手が不自由で文字が書けないぼくの知人は、ＰＣの音声入力を使ってメールを書いてくれます。車いすのためのスロープ・電車の優先席・外国人のためのピクトグラム表示など、不自由さや不便さを補うものは、あらゆる場所にあります。このあたりまでは、どちらかというと“バリアフリー”と呼ばれるものかもしれません。さらに、ウォッシュレットやシャンプー容器のギザギザ、自動ドア、地中化された電柱、などはだれもが便利さや快適さを感じられるＵＤの例です。エスカレーターやエレベーター、動く歩道などでもぼくたちはラクをさせてもらっています。一方で、駅のエスカレーターでも地下道のエレベーターでも電車の優先席でも、どうみても健康そのもののような若者や大人たちが、当然のような顔をして使っているのを見かけます。「ある物は使うのはあたりまえ」と言うのを聞いたこともあります。高齢者のぼくですが、よほど疲れているときや体調が悪いとき以外は、こういうものをできるだけ使わないようにしています。若い人でも不調ならば遠慮せずにどんどん使うべきです。それがＵＤの考え方でもあります。その考え方からすれば、自分の身体能力や判断力はできるだけフルに使う、つまり、歩けるときは歩く、自分の手でできることは手を使う、考えられるときは自分の頭を使うことが大切なのではないかと、自分にも言い聞かせています。そうして強化したり維持しているそれぞれの“能力”を他の人のために使う、たとえば、ちょっと重い荷物を持つ、高いところのものを取る、道案内をする、逆に自分の不自由さを気軽に人に補助してもらう、その結果、だれでもがムリなく社会生活を送れる、というのが究極のＵＤなのではないかとおじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Thu, 28 Jul 2016 10:30:38 +0900</pubDate>
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      <title>”正義の戦争”はない（２０１６年５月２５日）</title>
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      <description>近代の戦争を調べてみると、戦争当事国のほとんどすべての国が「平和と民主主義を守るため」「わが国の領土を守るため」「自国民を守るため」「抑圧されている人々を救うため」・・という“大義”を掲げています。　あのナチスドイツがポーランドを侵攻制圧したときのヒトラーの演説は「東ヨーロッパの平和と安定のための新たな民族秩序の構築」でした。戦前の日本の中国侵攻は「アジアの平和」、太平洋戦争は「米英支配からのアジアの解放」がその“大義”でした。それに対して連合国側は「帝国主義の脅威から自由の国を守る」のが“大義”でした。アメリカは対イラク戦争では「イラクが隠し持っている大量破壊兵器の脅威から世界を守る」という“大義”で大規模な戦争を始めたことが、現在の中東混乱の原因の一つになっています。　仮にナチスドイツがヨーロッパを制圧したとすれば、ヒトラーは“ヨーロッパに民族秩序と平和をもたらした英雄”になっていたことでしょう。ホンネと裏腹であることを多くの人が意識している“建前（タテマエ）”と違って、“大義”は、多くの国民がそれを信じ込んで、命を懸けてしまうところに恐ろしさがあります。戦争は、“正義の仮面”をかぶって始められ、膨大な数の庶民の悲惨な死と底知れぬ苦難だけを残すものであることは、過去の戦争も現代の戦争もこれからの戦争も変わりありません。その意味では、外国に対してカッコいい“ツッパリことば”が出てきたときは要注意ですね。アメリカのトランプ氏や、「日本を取り戻す」と言っている人に危うさを感じる理由です。そのあたりのことを書いたのが、河田宏さんの「日清戦争は義戦にあらず」（彩流社刊）です。河田さんは、明治以降の戦争の深層と庶民とのかかわりを考え続けてきた近代史研究家です。半世紀以上に渡ってぼくが尊敬してやまない先輩でもあります。今回の作品では、清国の横暴に苦しむ朝鮮の人たちを助けるための戦争と信じて日清戦争に輸送を担当する軍夫として参加した秩父の一農民・柳原正男の目を通して、戦争の本質を書いています。ぜひ多くの人たちに読んでほしい作品です。著者扱いで１６００円（２０％引き）です。</description>
      <pubDate>Fri, 01 Jul 2016 23:15:11 +0900</pubDate>
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      <title>選挙権（２０１６年６月２４日）</title>
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      <description>７月１０日は、選挙権年齢が１８歳以上ということになって初めての参議院選挙です。既に公示が始まっていて、高校生が期日前投票をしている写真が夕刊に載っています。１９９０年代以降、参議院選挙の投票率が６０%を超えたことは一度もなく、しかもどんどん下がり続けています。　投票を棄権する人たちの理由はさまざまですが、はっきりと支持できる政党や候補者がいなくても、これからの社会の方向を決める意味では、選挙を棄権することは、自分の将来を棄権することです。　新進の評論家・古市憲寿氏がつぎのような提言をしています。：国民全員が出生届と同時に選挙権を持ち、１５歳までは親権者が代理投票ができ、１６歳以上は一人一票：というものです。このような選挙制度にすれば、もう少し自分たちの将来に責任を持つだろうし、少子化対策にもなる、さらに政治が若者に目を向ける、という点でなかなか魅力的な意見だと思います。ところで、この選挙は、“アベノミクス（安倍内閣の経済政策）”の成果を問う選挙ではありません。そのアベノミクスは、トリクルダウン（法人税減税や投資優遇などによって大企業や富裕層が豊かになれば、その余波で全国民が豊かになる）という考え方を基にしたものですが、（現政権が有効求人倍率の上昇と宣伝している）非正規雇用やブラック企業が増えている状況では、完全に失敗しています。　それよりも今回の選挙の争点は、なんといっても、自民・公明党を中心とする改憲勢力が２/３以上を占めるかどうかです。改憲勢力が勝つと、現憲法をなくし、とてつもなく危険な“新憲法”を制定する方向に確実に動き始めます。その“新憲法”の原型となる自民党憲法草案をぜひ読んでください。とくに、反立憲主義の３，２４，１０２条、基本的人権を制限する１３，２１条、そして独裁政権への道を開く９８，９９条がそのまま通ってしまった後の社会を想像すると身震いします。　こんな憲法を認めてしまったのでは、のちの世代に対して顔向けができません。　大人たちは未来の子どもたちへの責任を果たすためにも、そして、子どもたちは自分たちの未来を守るためにも、周囲の大人たちに棄権をしないよう呼びかけてください。　現在の野党も頼りないのですが、まずは改憲を阻止しなければなりません。選挙権を得て５０年以上、ぼくは、支持したい政党がなくても、その選挙でなにを大切にしたいかを考えて投票してきました。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Jun 2016 21:50:29 +0900</pubDate>
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      <title>日本語が表音文字になる（２０１６年４月２７日）</title>
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      <description>国語の授業やテストのときには漢字を書くけれど、そうでないときには全部仮名で書く、という人はいませんか？　子どもたちだけではなく大人の中にも、ごく簡単な漢字が書けないという人が増えていると言います。先日ラジオの街頭インタビュー番組を聴いていたら「いまはほとんどパソコンかスマホで書くので、手書きの文字はかんたんな字でも書けなくなりました。」と言っている人がいました。実際、上の「象」という字さえ書けない人もいるようです。ある本によると、“日本語の表記は漢字かな交じり文とする”と正式に決めたのは、なんとわずか５０年前（１９６６年）のことだそうです。じつは、文部省は明治時代から繰り返し日本語の表音文字化を考えていたようです。そして、敗戦直後には、「すべてをかな文字表記にするかローマ字表記にするか」が真剣に議論されたようです。漢字テストに苦しんでいる小中学生も、漢字があるからこそ読書の楽しみがあると考えているぼくのような人も、「ええっ、ウソだろう？」と言いたくなりますね。しかし、朝鮮・韓国語は、もともと抽象語の多くが漢字でしたが、いまではほとんどがハングル文字になったし、もっと漢字が多かったベトナム語は、２０世紀の初めにはアルファベット表記になりました。その上、漢字の本家本元の中国でさえ簡体字が普及し、さらに漢字を排除しようという動きがあるようです。そう考えてみると、日本語から漢字がなくなる時代が来ないとはいえません。じつは、現代日本語は急速に変わってきています。多くの人が手書き文を横書きで書くようになっているし、話しことばも“ら抜きことば”を筆頭に、古い時代の人間が理解できない表現がどんどん増えてきています。国語の時間はさっぱり増えないのに、英語の時間だけが増えていきます。その国語の教科書も、格調高い近代日本語はどんどん少なくなってきています。ここに書いたような“ことばの変容”が、これからの社会にどのような影響を残すのでしょうか。　「愛国」を叫ぶまえに母語を愛することを大切にしたいものです。</description>
      <pubDate>Thu, 28 Apr 2016 11:22:52 +0900</pubDate>
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      <title>昔はよかった？（２０１６年３月１８日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-98548/</link>
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      <description>「昔はよかった。今の若い者は・・」と嘆くのは、それこそ“昔から”老人の口癖でした。ぼくの若いころも周囲の老人たちがよく言っていて「自分たちは、もうすぐ死んじゃうからいいけれど、これから長く生きていくオレたちはどうするんだ」と小さな声で失礼なことをつぶやいたのを思い出します。５０００年前の古代エジプトのパピルスにも「今の若い者は・・」と書いてあったそうなので、これはもう“人類の病い”なのかもしれません。自分の体が思うようにならなくなってきた老人が「昔（若いころ）はよかった」と言いがちになるのでしょう。そして、頭も体もまだまだ若いつもりでも、年齢の上ではすっかり老人になったぼくも、ときどき「昔はよかった」と言いますが、それは、子どもたちが置かれている状況をみていると、つくづく「昔は（子どもたちにとって）よかった」と思えることが多いからです。昔（ぼくが子どもだったころ）は、社会がまだまだ雑然としていて、親たちは生活していくだけで大変で、子どもたちに目が向かなかったこと。町の中もゴミがいっぱい、遊び場にも危険がいっぱい。自分の兄弟姉妹だけでなく、学校にも近所にも子どもがあふれていて、ひどいイジメもあったけれど、必死になってかばってくれる子も必ずいて、トラブルも助け合いもあり、親や先生などの大人たちの知らないところで、子どもたちの世界が広がり子どもたち独自の文化がありました。このように書いてみると、そんな時代のほうがよかったなあ、と考える現代人は少ないはずです。しかし、モノもないカネもない汚い臭い・・・だからこそエネルギーも夢もあったはずです。エネルギーと夢こそ子どもたちにとってはビタミンのようなものです。じつは江戸時代も明治時代も、庶民はそれほど変わらなかったらしいことは資料にも見られます。政府が宣伝する夫婦同姓などの“日本のよき伝統”というのが、実は明治以降のものであったり、“日本人の礼儀正しさや日本の町の清潔さ”がごく最近のものであることを考えると、すべてがよかった時代などなかったのではないかと思います。「昔はよかった」ということばには、時として危険なワナが仕掛けられているかもしれません。ぼくがイメージする“子どもたちにとってのよい社会”とは、次の時代に生きる子どもたちからエネルギーと夢を奪うことのない社会です。</description>
      <pubDate>Sun, 20 Mar 2016 18:29:05 +0900</pubDate>
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      <title>民主主義ってなんだ？（２０１６年２月２６日）</title>
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      <description>昨年の秋、安保関連法案を審議中の国会前に集まった人たちの中から「民主主義ってなんだ」という声が上がったことはよく知られています。しかし、改めて“民主主義とは”と考えると、この通信１年分を使っても書き切れるものではありません。　そこで、最近読んだ「民主主義＜１９４８〜５３＞中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版」（幻冬舎新書）のなかから、近い将来、ぼくたちが立たなければならない大きな分かれ道の選択にとって、大切だと思うことを書いてみたいと思います。　まず、民主主義は、一人一人が社会のことを自分の問題として考え行動することから始まる、ということです。これは、“みんなが考える正しいこと”を覚えたり、“だれかに教わったこと”に従うこととはまったくちがいます。自分の考えが正しいかどうかを深く考えたり真剣に勉強したりすることはとても大切ですが、自分の考えが周りの人と違うかどうかを調べる必要はありません。この態度は利己主義や自己中心主義とは違います。　そういう“私たち自分自身の”考えが集まることが民主主義の基本です。だからこそ自分と異なる意見や他の人の人権を大切にする“個人主義”の集合が“民主主義”です。　ところが、日本でもアメリカでも、ものごとを断定的に言い、他の意見をつぶそうとする動きが支持される傾向があります。一方で、選挙では、強力な組織の指示に従って投票する人がいて、自分たちの将来に責任が持たない人たちが増えて投票率がどんどん下がり続けています。これこそ、まさに“民主主義の危機”です。　「民主主義も自由主義も日本人には合わないので、捨てよう」という人もいます。　民主主義がなくなれば、全体主義になり専制政治・独裁政治が生まれます。こっちのほうがはるかに効率的です。その代わり、差別が広がり、戦争の危険が大きく増大します。　さて、これからの社会をになう人たちはどういう選択をするでしょうか。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Mar 2016 14:52:08 +0900</pubDate>
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      <title>母語（２０１６年１月２８日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-97019/</link>
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      <description>先日、２歳半になる男の子が、両親と母方の祖父母を“従え”て伊那谷（長野）からやってきました。いまのところ大家族の中の一人っ子とあって、まさに“王様”。でも、その大勢の大人たちが直接話しかけ、頻繁にことばのやりとりをするためか、口数はそれほど多くないものの、微妙な言葉のニュアンスを聞き分けている様子におどろきました。多くのことばを聞いているはずなのに、“ことばの表情”が伝わりにくいという子の多くがＴＶ漬けで育っていることを見聞きしていることもあって、彼がすごい勢いでまさに“母語”を吸収していることがわかりました。　２年前に行ったニューヨークでも、両親のささやくような（もちろんぼくにはまったく聞き取れない）語りかけに１歳半のPennがうれしそうにうなずいているのを目の当たりにして、“母語”―mother tongue―について考えたことを思い出しました。　ロサンゼルスのダニエル君とのメール交換では、彼は英語、ぼくは日本語で書くことにしています。それぞれの母語のほうが細かいニュアンスを表現できるし、外国語ではPassive（聴く・読む）のほうがActive(話す・書く)より誤解が少ないからです。　世界的な英文法の大家であったデンマーク人学者のオットー・イェスペルセンが、英語の自著論文すべてを英語のネイティブのチェックを受けていたというのは有名な話です。　その意味でも、文科省が現在進めている“英語教育”の２つの柱である４技能（話す・聴く・書く・読む）の強化と小学校低学年からの英語教育導入には大いに疑問を感じます。　若いときにもっと英語の力をつけておけば、という自分の反省とその後の経験を合わせて考えると、たくさんの英文を読み、浴びるように英語を聴く、この２つができていれば、話す必要が出てきたときはすぐに話せるし、実用的な英文を書けるようになるまでにそれほど時間はかかりません。英語苦手な日本人が多いのは、それが評価の対象になっていて、間違えることが許されないからであることは、これまでも書いてきました。　そして早期からの英語教育などよりも、できるだけ多くの本に親しみ、様々な人の話を聞き、大人の日本人として十分な母語（日本語）力を身につけておくことが、社会人としても、将来国際人として活躍するためにも大切なのではないかと、ぼくは考えています。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Jan 2016 10:51:25 +0900</pubDate>
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      <title>「ヒトラーの野望」（２０１５年１２月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-97018/</link>
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      <description>このところ、ナチスについてあらためていろいろ読んでいます。まずは、時代の先端を走る多くの科学者や哲学者を生み、そのイメージから知的で理性的な人たちであると考えられてきたドイツ民族が、７０数年前になぜあのナチスを歓迎し、悲惨なホロコースト（大虐殺）を引き起こしたのか、つぎに、現代の日本の状況が、ナチスが台頭するころのドイツ社会のムードと似ているように思えるからです。とくに、ヒトラーの演説の映像は衝撃でした。聴衆が静かになるまでゆっくりと待ってから、語り始めます。そして対立勢力の失政を並べ立てるにつれて声の調子が上がり、最後にドイツ民族の誇りの回復とユダヤ人の排除を声高らかに叫んで演説を締めくくります。第一次世界大戦の敗北で、外国から多くの制約を受け貧困にあえぐドイツ国民は、このナチスを熱狂的に歓迎しました。一方で、ヒトラーは、大衆の支持を得やすい社会福祉を強化する姿勢を示したり、ドイツが求めるのは“世界平和の維持”であるとの演説をしたりしました。当時、アメリカ国内にさえナチズムへの信奉者が少なくなかったと言います。そして、なによりも、あの近代民主主義の模範のようなワイマール憲法を無力化する授権法（立法権を政府に託す法律）を制定すると、一気に議会制民主主義を否定し、反対勢力を排除していきました。さらに地域も生活様式も信仰も異なるユダヤ人たちを一括して“悪の根源”としました。これらの手法は、現在の日本の政権と非常に近いものを感じます。“積極的平和主義”を唱えて軍備を拡張し、議会を通さずに重要案件を決定し、さらにメディアを含む反対勢力を封じ込めて、現憲法の理念を大きく変える“自主憲法”の制定を目指しています。世界では、パリのテロ事件をきっかけに、中東からの難民やイスラム教徒全般をテロを起こす危険があるという偏見が広がってきています。まさに、“戦争の影”がヒタヒタと迫ってくるのを感じます。　来年の“申”の意味は、「思ふことをのべまうす義」（大字典）だそうです。　新しい年、日本社会がどちらの曲がり角に立つのか、そして、自分自身がその曲がり角に立ってできることはなにか、しっかりと考えを深めていきたいものです。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Jan 2016 10:49:03 +0900</pubDate>
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      <title>現代のＮｏｂｌｅｓｓｅ　ｏｂｌｉｇｅ(2015年１１月２７日</title>
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      <description>今回のタイトル「ノーブレスオブリージ」のもともとの意味は、フランス語で「高貴な身分には義務が伴う」という意味です。ヨーロッパ中世の封建制度のもとでは、王族や貴族は社会貢献をするのが義務でした。現代、資産家や有名人たちが社会的なボランティアをしたり多額の寄付をしているのは、この流れを受け継いでいるのでしょう。　しかし、この“慈善”と呼ばれる行為に、いまどきの流行語でいえば「上から目線」を感じるのは持たざる者のヒガミでしょうか。　ヒガミといえば、ぼくはいつも「人と比較して、ヒガんだりバカにしたりすることこそ愚かだ」と言っていますが、そうは言っても、これは人間の本性のひとつかもしれません。　そうだとすれば、自分が持っている特性を、すぐそばにいる人のために役立てることが“現代のＮｏｂｌｅｓｓｅ　ｏｂｌｉｇｅ”と考えてみたらどうでしょう。その小さなＮｏｂｌｅｓｓｅ　ｏｂｌｉｇｅが広がっていけば、この社会も少しずつ住みやすくなっていくように思います。でも、そんなに大変なことではありません。高いところの物を取ってあげる、少し重いものを運ぶ、遠くの文字を読んであげる、だれかの話をじっくりと聴く、その場をなごませる、いやなことを少しガマンする、弱気な人に代わってはっきりと意見を言う、疲れている人に席をゆずる、楽しい話ができる、・・・・・・。自分が持っている体の特性だけではなく、相手に何かを伝える力、自分と異なる感性を受け入れる力などの考え方の傾向はもちろんのこと、もしかすると“鈍感力”だって隣のだれかを助けているかもしれません。笑顔や明るい笑い声が絶えない人なんて、ついつい考え込みがちなぼくからみれば、とても助かります。　そして、そういうさまざまな特性は、そばにいる人より“わずかに恵まれている場合”のほうが、プラスに働くような気がするのはなぜでしょうか。それは、資産家からの１０万円の寄付より、子どもたちからの１００円の募金、先生が教えてくれたことより、となりの席の子からそっと教わった勉強のヒントのほうが役に立つことがあるのとも共通しているかもしれません。　</description>
      <pubDate>Sat, 28 Nov 2015 11:00:39 +0900</pubDate>
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      <title>直感力（２０１５年１０月１７日）</title>
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      <description>「技術的特異点」って聞いたことがありますか？　その意味について多くの人が意見を述べていますが、かんたんにいえば、人工知能（ＡＩ）が人間の知能を超えるときのことです。その時期も２０５３年、２０４５年、あるいは２０２１年であるという学者もいます。ネットでつながっている無数の高性能コンピューターが知識や情報を蓄積し、正確な分析と判断、そして予測能力を“育てあう”事態はもう進んでいるので、とてもＳＦの世界の話ではなさそうです。　ぼくが好きな将棋の世界では、トッププロがコンピューターソフトに負け始めているし、コンピューターが東大の２次試験の合格点をクリアするのは時間の問題のようです。　このことは、これまでのように、与えられた課題に対しての「分析・総合・判断」がすばやく的確にできる受験エリート的能力は、まもなくＡＩに追い越されてしまうことを意味しています。　もし「技術的特異点」が来るとすれば、数値化・理論化できるものはすべてＡＩに置き換えられ、人間に期待されるものといえば、「直感力」だといわれています。「なんとなく・・」「しっくりくる」「虫の知らせ」などが代表的な「直感」です。“第六感”とも言います。ＡＩが最も苦手とするのが、この直感を含む“本質に気づくメタ認知力”だそうです。　ぼくが若いころお会いした日本を代表する知識人の一人は、「まず初めは、知識や先入観の眼鏡を外してモノや現象と直接向き合う」ことの大切さを教えてくれました。データやガイドに頼るのではなく、まず自分の第六感で感じてみること(My sixth sense tells me that・・・)を心がけることが大切になってくるかもしれませんね。　その直感力を鍛える方法として、さまざまな生の体験を増やす、広い人間関係をもつこと、熟睡できるような体であること、などを専門家たちは挙げています。こう考えてみると、あたりまえのことですが、頭も体も、人間として活き活きとした毎日を送ることが、そのまま直感力を高めることにつながり、さらにそれが現在要求されている勉強にもプラスになるはずです。これが逆に、なんでもかんでも頑張って覚えて勉強したのでは、直感力は鍛えられそうもありませんね。</description>
      <pubDate>Wed, 28 Oct 2015 09:59:50 +0900</pubDate>
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      <title>テストについて（２０１５年９月２５日）</title>
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      <description>「テストやだなあ」というのが、ずっと昔から学生たちの口癖でした。だから、子どもたちがそう思うのはムリのないことです。では、テストとは、もともと何のためにあるのでしょうか。　ロケットの打ち上げテスト、新車や鉄道の試運転などは、飛行士を乗せて安全に飛ばす、乗客を乗せて事故なく走る、などの最終目的（本番）のために繰り返し行われます。これが本来のテストの意味です。　テスト結果の分析では、前回までと同じ不具合が出た場合は、技術者は原因を突き止めて全力で改善しようとします。３回も同じ不具合が出たら、それは技術者の怠慢か、そもそもミッション（任務目標）に無理があったと判断されます。それまでと異なる不具合が発見された場合は、技術者たちはむしろ歓迎します。それを克服すれば、さらに完成に近づくからです。　だから、技術者たちは、テストの段階で偶然うまくいってしまうことを望むことは決してありません。いろいろ条件を変えても不都合な結果が出ないかどうかを徹底的に確認します。技術者たちは、出る可能性のある不具合はテストの中で出てほしいと願っています。本番で失敗したら困るからです。　学校のテストも、本来は、自分の授業を受けた生徒たちがどの程度理解しているかを知り、自分の授業を改善するためのものでした。テストの結果が悪くて反省するのは、生徒ではなく先生だったはずです。　一方、生徒の側からすれば、上に書いた技術者たちのように、自分の弱点を克服し次の目標を立てるためにテストを使いこなすことができれば、必ず本番での良い結果に結びつけることができるはずです。ここでは、テスト結果に舞い上がったりがっかりしたり、怒ったり悲しんだりするといった状況は考えられません。　それを考えれば、悪かったテストを見たくもなくてしまいこんでいるなんて、そのテストが最終目標でない限り、もったいないことです。さらに、テストだけではなく、学校の日常の授業でも塾での勉強でも家庭学習でも、「あいまいなところをなくそう」「わからないことが見つかってラッキー」「自分が陥りやすいミスはこれだったか」という気持ちで臨むことができれば、イヤな気分で何時間も机に向かうより、ずっと効果的です。さあ、気分を切り替えて頑張ろう！</description>
      <pubDate>Fri, 25 Sep 2015 18:11:09 +0900</pubDate>
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      <title>くやし涙（２０１５年８月２８日）</title>
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      <description>ちょうど一年前のいまごろ、　塾ＯＢの圭祐くんから電話があり、すぐ後に来たメールに「突然の電話で驚かせてしまいました。スミマセン。（中略）塾は続いているのだろうか。先生とおばさん今幾つなんだろうか。このまま会わないまま過ごしていたら後悔してしまうのではなかろうか・・。などと考えていたらいてもたってもいられなくなって・・・・。（中略）小三の息子に話したらオレも行きたいと言っていたので連れていこうと思います。子どもは柏市の将棋道場に通っているので将棋を教えてあげてもらえたらと思います。俺にも将棋教えて下さい(笑)。・・・。（中略）“失敗は宝物”（塾で）初めて聞いたこの言葉は、（自分の）仕事において、その意味の深さを何度も痛感し、支えられたかわかりません。・・・（後略）」とありました。　うれしいメールでした。　久しぶりに会えた圭祐くんと初めて会う息子の伊吹くんの２人と、ぼくも久しぶりに全力で将棋を指して、意外にもほとんど勝ってしまいました。伊吹くんは、「つぎは絶対にぶっ潰す」と息巻いていたそうです。そして、今年の五月に、ママと弟の隼人くんもいっしょに来てくれました。今度こそ全敗かなあと思っていたら、また勝ってしまって、そのうえ、家では対等以上に戦っているパパに、この爺ちゃんが負けてしまったので、ママが一緒だったこともあってくやし涙が止まらなくなりました。　そして、今月２６日にも、４年生になった伊吹くんを初め４人とも実家に帰ってきたような顔で来てくれました。もちろん将棋が主目的です。どの将棋もギリギリの勝負だったにもかかわらず、またまたぼくが勝ってしまい、しかもパパとの勝負も、また疲れが出てきた爺ちゃんが負けたので、もうガマンの限界でした。もう前回以上に大泣きに泣きました。そこで、昼食休憩のあとにもう一番指すことにしたのですが、これが投げやりな態度で駒を動かすので、あちこちで見落としがあり、とうとうぼくも「そんな態度じゃ勝っても意味がないぞ」と叱りました。最後の勝負は、今度はギリギリながら真剣に指した伊吹くんに負かされて、なんだかホッとうれしくなったものです。負けても負けても挑戦する態度はすばらしいけれど、負けたことを伊吹くんが次に活かせるようになったとき爺ちゃんは全敗するのだろうと、そのときが待ち遠しいぼくでした。でも、そうなるともう来てくれなくなるかも・・。まだまだ負けないぞ〜。</description>
      <pubDate>Fri, 28 Aug 2015 21:42:11 +0900</pubDate>
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      <title>たとえばなし（２０１５年７月２５日）</title>
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      <description>安倍晋三首相が、“安保法制について、国民の皆さんがわかりやすいように、丁寧に”次のような「たとえばなし」をしたそうです。「『安倍は生意気なやつだから今度殴ってやる』という不良がいる。友人のアソウさんといっしょに帰り、３人ぐらい不良が出てきて、いきなりアソウさんに殴りかかった。私もアソウさんを守る。これは今度の平和安全法制で私たちができる」　これからの時代の方向を大きく変えることについての国の最高責任者である総理大臣の説明は理解できましたか？　ぼくはほとんど理解できませんでした。そこで、わずか一票だけの主権者のおじさんが考えた不出来な“たとえばなし”を読んで、近づいてくる戦後７０年に思いを馳せてください。Ｆクラスには、Ａ、Ｃ、Ｊ、Ｎ、Ｋなどのグループがあります。Ｊグループは、昔はＡやＣともケンカし、Ｎ＋Ｋを子分にするなど乱暴者だと思われていたのですが、現在では対立するグループからさえも、穏やかでケンカなんか絶対しない、とみられてきました。ところが、最近交代した新班長は、ケンカではクラス最強と思われているＡグループに最接近し、Ａがケンカするときにはかならず加勢することを宣言しました。　これまで、Ｊグループにむかついてはいても、学校中で人格者の評判が高いＪを殴ることができなかったＣやＮにも、この宣言ができたおかげで、なにかことが起きればＪを殴る口実を与えてしまったようです。ちなみに、Ａ，Ｃの２グループは強力な武器を持っています。もしかするとＮも隠し持っている可能性が高いのです。これに対抗するには、強力な武器を持つべきだとのＪグループ内の声も出てきました。新班長は遠くＭクラスにまで出張してケンカをするつもりのようです。そうすると、あの悪名高いＩグループまで、ひそかにＪグループ内にメンバーを送り込んできそうです。新班長は、Ｊグループのメンバーひとりひとりの安全など考えていないかのようです。さて問題です。アルファベットのそれぞれが表すものを答え、Ｊグループメンバーとしてのわれわれは、どのようにして自分たちの安全を守るべきかを考えてみてください。</description>
      <pubDate>Sun, 26 Jul 2015 09:42:51 +0900</pubDate>
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      <title>考え続けるエネルギー（２０１５年６月２６日）</title>
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      <description>現在の安倍政権が誕生する以前に書いた通信に、つぎのような一節がありました。・・・・結論だけを求める子どもたちの気分とこうした社会の風潮は、「スパッと決めてほしい」「早くスッキリしたい」という点で重なっているような気がします。“考えること”“地道に取り組むこと”“冷静に問い続けること”というエネルギーを失いかけていることの表れでなければよいのですが・・・。　この心配は、日ごとに強くなっています。　世論調査によると、安全保障関連法案や原発再稼働などには、かなり多くの人たちが反対か疑問を感じているなかで、内閣支持率は、まだ５０％近くあります。　これはなぜなのでしょうか。これまでの首相たちは、どちらかといえば、失言を恐れたり野党からの追及をかわしたりするために、あいまいな表現をしたり役人が書いた原稿を棒読みしていました。　それに対し、安倍首相は、「福島原発事故の放射能は完全にコントロールされています。」「わたしが最終的に全責任を取ります」「他国の戦争に巻き込まれることは絶対にありえません。」などと断言します。これらのことばについて少しでも考えれば、政府の最高責任者の発言としてはあまりにも無責任だということがわかります。この“少しでも考えれば”のエネルギーがなくなってきたとき、「考えるのはメンドーだから、ぐちゃぐちゃ言われるよりもスパッとはっきり言ってくれる方がラク」になります。　“民主主義”も“反戦平和”も、メンドーでも考え続けなければ維持できないもので、失ってからその大切さを感じたのでは間に合いません。ワイマール共和政の面倒くささに飽き飽きしたドイツ国民が、“わかりやすく勇ましく断言する”ヒトラー率いるナチスに全権委任してしまったのは、わずか８２年前のことです。　「だが、待てよ」「でもなあ・・」「ひょっとすると・・かも」「このままでいいの？」とみんなが考え続けることで、悲惨な時代への歯止めになるのではないかと考えています。小・中学生も、数年後には選挙権を持つことになります。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Jul 2015 23:51:31 +0900</pubDate>
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      <title>手渡しのメッセージ（２０１５年５月２６日）</title>
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      <description>塾のＯＢからフェイスブックを勧められて登録したことがあります。しかし、ＳＮＳのいろいろな仕掛けを知るほどにイヤになり、登録抹消をしようとしましたが、これが登録するときと比べると格段にむずかしいのです。ツイッターやＬＩＮＥは若者から高齢者までやり取りしているようで、だれが見ているかわからない動画サイトに犯罪まがいの投稿をする人さえいます。ネット空間は、非常にねじれた形でリアル空間とつながっていて、思いもかけないところで被害者になったり逆に加害者にもなりかねません。いわば“雑踏の中でのやり取り”です。ところで、この塾では、毎回の授業の終わりにおじさんとの交換ノートを書くし、授業料も自動振り込みではありません。「来月もまたお互いにしっかりおつきあいしましょうね。」というメッセージを込め、授業料袋をこの教室通信といっしょにクリアファイルに入れて、月末にお渡ししています。塾生やご家族の皆さんとは、時間の切り売りでもなく、デジタル的な数字で表されるものでもない関係でありたいからです。肉声で伝えられない部分は、読みづらい（？）肉筆で“おじさんからの一言”として書いています。授業料とともに返信を入れてくださる方もいます。こういう“アナログ”のやり取りも「手渡しのメッセージ」の一つであると考えて大切にしています。毎月の通信の記事も、書いている側、読んでいる側、おたがいの“現在の”あの表情、あの動き、あの口調を共有したうえで、「おじさんが書いていることおかしくないか？」と鋭いツッコミを入れたり、「なるほどなあ、そうだよね」と共感したりしながら読んでいただければ、と考えています。かつてはガリ版刷りの手書きであり、現塾生だけに手渡していたこの通信も、いまではデジタル化されてホームページに載せることになり、不特定多数の人の目に触れたり、ふだんお会いできない人にも読んでいただくことになりました。お互いの現在を共有していない、という意味では“手渡し”ではなくなりましたが、それでもぼくは手渡しにこだわりたいのです。</description>
      <pubDate>Tue, 26 May 2015 21:44:38 +0900</pubDate>
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      <title>非武装・中立・護憲（２０１５年４月２４日）</title>
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      <description>憲法記念日を前にしたこの時期は、憲法とそれに関係することを書くことにしています。このタイトルを見て「えっ、これってあまりにも現実離れしていて、ずっと昔に絶滅した考え方じゃない？」と思った人は多いはずです。　沖縄を初め各地に危険をもたらす米軍基地と、子孫に大きな負担を残す原発をなくすにはこれしかないのではないかと、ぼくは思い始めています。その理由をこの少ないスペースで述べることはむずかしいのですが、要点は次の通りです。　日本の基本政策を決定しているのは、日本政府でも日本国民でもない“日米安保体制”です。基地も原発も、これがある限りなくすことはできません。この体制を変更するためには、国際経済関係や外交上どんな不利益があっても、自分たちと次世代の生命と尊厳を最優先しようとする国民総意の悲壮な決断と、けた外れの外交努力が要求されます。その拠り所の一つが憲法です。あれだけの“解釈改憲”を進めている現政権（理論上、憲法解釈ができるのは司法だけ！）がなんとしても“憲法改正”を成し遂げようとしているのは、この“昔、見通しを誤った他人に書いてもらった看板”である憲法が邪魔だからです。その看板を書いた当事者であるアメリカから見ても、“自衛隊≠日本軍”に米軍の肩代わりをさせるためには、とても不都合な憲法になっているからです。　３人のアメリカ人たちに、この憲法の英文原文を“すなおに”読んでもらいました。３人とも「日本国民が非武装中立を宣言している憲法」と読めると言います。これが世界の人々の目に映る日本国憲法です。そうだとすれば、古びた看板であってもこれを高く掲げることこそが、いずれ核武装に向かうしかない日米軍事協力などの“現実路線”よりも、次の世代がかろうじて生き残れる道であるようにぼくには思えます。　ただ、基地も原発も、経済が深くかかわっていることと国民の多くが無関心であることの２つの理由で、この非武装・中立・護憲論は、非現実的な夢想に終わることでしょう。　一国の政治のレベルは、その国民のレベルを表しているといいます。古い看板の化粧直しは、せめて、この看板の理念を継承する政権が誕生するまで待ちたいものです。</description>
      <pubDate>Sun, 03 May 2015 20:01:20 +0900</pubDate>
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      <title>“便利・速い”とモモのこと（２０１５年３月２０日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-87189/</link>
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      <description>先週、中野から中央線の電車に乗り込むと、車内広告に“北陸新幹線本日開通”の文字。ふと心が動いて、いつもの新宿で降りずにそのまま東京駅に向かいました。新幹線は出たばかりでしたが、同じ日に開通した「上野東京ライン」に乗って浦和まで帰ってきました。　今度の新幹線は、東京―金沢間を３時間足らずで行くといいます。高校生のときに京都まで行ったときは、片道約７時間かかったものがいまでは２時間半です。かつて会社員であった友人Ｙ君が「関西に行くときは出張費が出るから、安いホテルに泊まって飲み代を稼ぐ」と言っていたのを思い出します。今では、関西はもちろんのこと北陸だって日帰り出張になるので、そんなこともできなくなりそうです。　こんなに速い乗り物だけでなく、世の中はメール、スマホとどんどん便利になっているなあ、そんなことを考えていたら、あのミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出しました。人々がのんびりと暮らしていた町に、「時間を節約して、もっとよい暮らしを」と説く灰色の男たち“時間泥棒”がやってきて、人々は“ムダな時間”を削って“能率よく”働き始めます。町は繁栄しますが、人々の口からは「時間がない」「忙しい」「疲れる」「ゆっくりしたい」ということばが多く聞かれるようになります。時間を節約したはずなのに・・・これはどうしたことか。まだ読んでいない人は、ぜひ読んでください。エンデはまた、彼の遺言の中で、「物やサービスを売ったり買ったりするお金と、株などの投資で使われるお金とは決定的に違う」と言っています。とても書き切れる内容ではありませんが、エンデが“時間”と“お金”について遺したことばは、現代のぼくたちの生き方を考える上でも大きな意味がありそうです。すずき学院のテーマである“ゆったりと　たしかに　こころゆたかに”には、「子どもたちには心豊かに暮らしてほしい、そのためには人類の遺産である知恵と知識をしっかりと吸収してほしい。」というぼくの思いが詰まっています。北陸新幹線のおかげで皮肉にもエンデを思い出し、初心に還って新年度を迎えたいと考えています。</description>
      <pubDate>Sat, 21 Mar 2015 17:41:11 +0900</pubDate>
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      <title>“５７年前のボク”であるキミへ（２０１５年２月２６日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-86381/</link>
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      <description>古い書類を整理していたら、１９５８年の日記が出てきました。ぼくが中２だったときに書いたものです。雑誌の付録の日記帳に、父からもらった万年筆で書いてあります。読んでいて思い出したことや思い込んでいたことなど、たくさんあったので、５７年前の“すずきかずお”くんに手紙を書いてみたくなりました。　『これは、２０１５年２月２６日のボク（つまり５７年後のキミ）から、１９５８年２月２６日、常盤中学２年生であるキミへの手紙です。「えっ、ボクってそんなに生きちゃうの？　どんな仕事をするの？　結婚は？　どんな人たちと出会うの？」と、次々と質問が出てきそうですが、すべて秘密です。これまで５７年間の歴史や２０１５年の世界についてもいろいろ話したいけれど、これも秘密です。その理由は、キミ自身が考えてください。　ところで、キミの現在の関心事は、友だちのこと、読みかけの本のこと、お父さんが１０日前に突然買ったテレビのこと、大好きな相撲のことなどですね。このころ大変だったはずの家の中の問題については、何日か前の日記に「家の中が暗い。」と一言書いてあるだけで、ほかにはなにも触れていません。その分、心の奥に深く感じているのかもしれませんね。　県北にある大病院の一人息子である中３のＭ君が２階の部屋に下宿しています。彼が高校受験直前なので、気持ちを乱すまいと気を遣っているようですね。Ｍ君に問題を出したり解答を見ながら採点をしたりしていますね。Ｍ君の緊張を感じるためか、自分自身のテストのこともかなり気にかかっているようですね。これは、ボク（５７年後のキミ）にとっては意外なことでした。得意だったはずの漢字のまちがいもいくつかあります。テスト前なのに、テレビにかじりついて相撲中継を見ていますね。友だちとの小さなトラブルもあるようですね。後の時代から“貧しかったけれどいい時代だった”と言われていますが、ほんとうにそうですか？　あと数か月後には日記を途中で投げ出してしまうことになるキミ、日記だけではなく「続けていればよかったなあ。」と大人になってから後悔しないようにしてくださいね。』読み返してみて、５７年たっても子どもはあまり変わらないものだなあと思います。いまの中学生たちの５７年後、この世界が平和で希望に満ちたものでありますように。</description>
      <pubDate>Fri, 27 Feb 2015 12:05:40 +0900</pubDate>
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      <title>“表現の自由”（２０１５年１月２９日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-85345/</link>
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      <description>　アメリカ映画「Ｔｈe Interview」に始まるサイバー戦争、フランス週刊誌の風刺画（？）を発端とする惨劇から、日本では在特会によるヘイトスピーチ、ＮＨＫ“偏向報道”規制まで、“表現の自由”について考えさせられる機会が多くなりました。“表現の自由”は、民主主義社会を維持するための根幹となる自由権だからこそ、これをどのように使いどのように守るかがぼくたちに問われているのではないでしょうか。同じグループ、同じ地域、同じ社会、あるいは、同じ地球上に、異なる感性、異なる価値観、異なる文化が共存するための知恵は、この“表現の自由”の意味を深く考えることのなかにありそうです。共通の目的や真実や最善に近づくために、異なる意見を出し合うのが共同作業としての“議論”ですが、目的も根本的な価値観もちがう相手や強い権力を持っている相手とは議論ができません。そこで、どの社会でも、相手が不当であることを広く訴えるための批判や風刺が行われてきました。相手の弱点を突く鋭い批判が社会を変えたこともあるし、日本の川柳や狂歌、フランスのエスプリ、イギリスのウイット・ユーモア、ロシアのアネクトード、アメリカの政治ジョークなどが多くの人の共感を呼んで世論に影響を与えたこともあります。“表現の自由”というと、ぼくたちにとっては、あまり縁のない遠い国の話に聞こえるかもしれません。しかし、偏見と憎しみをぶつけて罵倒（激しい悪口）したり侮辱したりしたのでは、相手を刺激して憎しみを増幅するだけでなく、無関係・無関心だった人まで遠ざけてしまいます。そのうえ、この悪口や侮辱の尻馬に乗る人は、自分のストレスのはけ口をどこかに探している人たちだけ、という結果になることは、学校や地域など、ぼくたちの小さな社会の中でも経験しているはずです。憎しみや偏見をあおり対立を深めるためだけの言動は“表現の自由”で守られるものではないとぼくは考えますが、この線引きはとてつもなくむずかしいものです。　ぼくたちの社会を少しでも安全で明るいものにするために、世界が憎しみと争いでいっぱいになることのないように、身近なところからも考えていくようにしたいものです。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Feb 2015 12:02:54 +0900</pubDate>
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      <title>相撲（２０１４年１１月２５日）</title>
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      <description>子どものころから好きだったスポーツの一つが相撲です。当時の蔵前国技館で初めて本場所を観たのは、千代の山、鏡里などが活躍していた６０年ほど前のことです。家ではラジオの中継放送に耳を澄まして手に汗を握っていました。小・中学生のころの男の子たちの休み時間の遊びはほとんど相撲で、ズボンのベルト通しを壊しては親に叱られていました。　今年も白鵬が抜群の強さをみせつけました。このモンゴルから来た大横綱に続く若手有望株筆頭の逸ノ城もまたモンゴル出身です。２０年ほど前に旭鷲山が登場してから、多くのモンゴル人力士が誕生しましたが、取り口も性格もそれぞれに個性があり、一括りにこれがモンゴル人力士だということはできません。　世間では、日本人横綱を待望する声が多いようですが、ぼくは、モンゴルの力士たちが出てきてから動きも多彩になってきたし、相撲にメリハリが出てきて、いままでの相撲とは違ったおもしろさを感じます。　相撲は日本の国技だといいますが、昔、ワクワクしながら読んだ宮本徳蔵著「力士漂泊」（小沢書店１９８５年）によれば、モンゴル相撲はまさに相撲のルーツで、東に伝わって韓国のシルムや沖縄相撲、西方に伝わったのがレスリングだということです。モンゴル力士たちが強いのは当然かもしれません。ちなみに、中国に相撲が伝わらなかった理由も興味深いものがあります。これからは、“国技”という狭い見方ではなく、世界的な視野で相撲を楽しみたいものですね。</description>
      <pubDate>Tue, 25 Nov 2014 19:16:55 +0900</pubDate>
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      <title>川柳あれこれ（２０１４年１０月２５日）</title>
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      <description>今回は趣向を変えて、川柳を取り上げます。　俳句と同じ“五七五”ですが、季語や切れ字にこだわらず、風刺や皮肉、ユーモアなどを込めたものです。作家の田辺聖子さんは、「教科書に載るのが俳句、教科書に載らんのが川柳」と、実に川柳の本質的なところをズバリと表現しています。ここで取り上げた川柳のほとんどは田辺さんの「川柳でんでん太鼓」から引用したものです。　年を重ねたからこそ身に染みてくる人生の機微に触れる川柳、鮮血がほとばしるように鋭い切れ味の川柳が多くあります。じつは、ぼくが好きなのはそういう句です。ただ、ここは塾の通信らしく、まずは、お父さんの微妙な感情を表している句を４つほど・・　◎　俺に似よ　俺に似るなと　子を思い　（麻生路郎）　いままで、学生時代の友人を初め、たくさんのお父さんに会ってきましたが、彼らは、この句にハタと膝を打つはずです。「オレは、お前のように弱虫じゃなかったぞ（でも・・ちょっと怠け者だったけれどな・・・）」「お父さんは頑張ってきたんだ。お前だってやれるはずだろう。（お父さんは最後はラクなほうに逃げたけれど、お前は最後まで頑張ってくれ・・）」　◎　父と寝る約束　やはり母と寝る　　（村山夕帆）　幼児のころはよくあることですね。子どもって、怒られても叱られても、お母さんを慕うもののようです。お父さんはこんなに子どもに関心があるというのに・・。　◎　遠足のみやげに父の分は無し　（前田雀郎）　近年は、CMにも川柳にもこんな風潮が強くなってきていますね。困ったものです。　◎　親類の子も大学を落ちてくれ　（十四）　この句を“願望”と解釈したのでは川柳ではなくなります。「えっ、○○ちゃんもダメだったのか、そうか・・・そうなのか」。複雑な親心ですね。ちょっとユーモラスでちょっと悲しい川柳を二句、追加しましょう。　◎　行末は　ハムとなる声　のどかにて　（麻生　葭乃）　◎　立ち話　長うて犬も坐り換え　（橘高　薫風）最後に、ぼくの下手な時事川柳を二つばかり・・。「集団であんたを守るの？安倍総理」　　「勲章がノーベル賞を追っかける」</description>
      <pubDate>Sat, 25 Oct 2014 13:34:50 +0900</pubDate>
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      <title>命（いのち）（２０１４年９月２７日）</title>
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      <description>人は、この世に生を享けこの世を去るまで、さまざまな命の危機に直面します。災害もあれば、病気や事故もある、さらに、ふと衝動に駆られることだってあります。生まれてすぐに終わる命もあれば、１００歳を越してなお健在の人もいます。　７１歳になる現在までよく生きてこられたな、とあらためて思います。２歳になったばかりのころ、すぐ裏の家に爆弾が落ちて一家４人が全滅したと聞きます。米軍機からの機銃掃射を避けるために近くの麦畑に祖母と隠れていたのが、ぼくの一番古い記憶です。幼児のときには、高い木から枝ごと落ちたことも、道路でローセキ（蝋石）遊びをしていて練習中の競輪自転車にひかれたこともあります。小学生や中学生のころは、利根川や荒川で、２，３度おぼれかけたこと、兄弟げんかで大怪我をしたことなど、いま考えるとゾッとすることを限りなく思い出します。青春時代はご多分にもれず、消えてしまいたいほど迷い悩み苦しみ抜いた時期でした。十数年前には癌（がん）の手術も経験しました。　その一方で、家族を含め大切な友人知人たちをたくさん見送ってきました。とくに若くして亡くなった人たちのことを思うと、いまでも胸が張り裂けそうです。　こうして考えてみると、多くの人たちの支えと偶然が重なって今ここにいる、と実感します。人生は、なにが起きるかわからないからこそエクサイティング（わくわく）である一方、どんな危険が待っているかわからないスリリングな旅です。だからこそ、子どもたちにも若い世代の大人たちにも、命の危機に直面したときには、自分の本能に従って少しでも命が助かる方向を選んでほしいのです。災害や事故のとき、病気や絶望に苦しむときも、なにがあろうと生き抜いていく先に、必ず希望があります。戦争中は、「生きて虜囚の辱めを受けず」（敵に捕まるくらいなら死ぬべき）「玉砕」（国に命をささげること）が奨励されました。そして、現代でもまだ、命を投げ出して・・・が称賛される風潮が残ります。仮に国が滅びて、一時的に捕虜になったり奴隷にまでなったとしても、「生き抜く先に希望がある！」と信じてほしいのです。人生の半ばで心ならずも命を終えた多くの人のためにも、いま人生の道を歩いているぼくたちは、肉体のあらゆる細胞が自然に役割を終えるとき（老衰）まで生き抜く義務があるとさえ、おじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Sun, 28 Sep 2014 15:57:17 +0900</pubDate>
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      <title>「誰も戦争を教えてくれなかった」（２０１４年８月２６日）</title>
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      <description>１９４５年８月１５日は、日本にとっての最後の戦争が終わった日です。これを終戦記念日というか敗戦記念日と呼ぶか、意見が分かれます。また、この戦争の呼び名も『太平洋戦争』『大東亜戦争』『アジア・太平洋戦争』と様々に分かれます。この戦争は、中国に駐屯する日本軍の自衛のためとして起きた１９３７年の盧溝橋事件から始まりました。そして、日本の無条件降伏に終わる８年間のこの悲惨な戦争を、ぼくは、その時代名を冠して“昭和戦争”と呼ぶ説に従いたいと思います。　タイトルの「誰も戦争を教えてくれなかった」は、１９８５年生まれの社会学者・古市憲寿氏が書いた本で、さまざまな国の戦争博物館を訪れて、それぞれの民族や国の戦争観を探ったものです。彼は、本書に登場する人たちの年齢を、１９４５年を０として＋−で表しています。彼は（＋４０）で、おじさんは（−２）です。　興味深い分析データや論調もあったけれど、ぼくが特に注目したのは、この本で初めて知った「ももいろクローバーZ」（以下ももクロ）というアイドルグループ（＋４８〜＋５１）と著者との対話でした。この対話の中で「ももクロ」たちに発した質問を裏に書いておきました。彼女たちのトンチンカンな（ほとんど×！の）回答に、初めのうちは大笑いしていたけれど、そのうちに、「ほんとうに大切なことってみんなわかっているんだよね。うちら難しいことはわかんないけれど、難しいことばっか考えている人は単純な考えができない・・。」というところまできて、ハタと笑いが止まりました。　どれだけ知識があっても、またどれほど悲惨な戦争体験を聞いたとしても、まずは、「だれにも殺されたくない、だれも殺したくない。そのためには・・」と考えるシンプルな発想こそが大切なのだと、あらためて思ったものです。　期末テストがやっと終わったある日、中２のクラス（＋５５）と「戦争と集団的自衛権」のことについて話しました。思いのほか真剣な表情で考えている子どもたちに、古市氏や「ももクロ」たちに加えて、若い世代からたくさんの希望をもらったような気がするおじさんです。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Aug 2014 16:41:39 +0900</pubDate>
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      <title>直訳・意訳・”解釈”（２０１４年７月２６日）</title>
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      <description>英文を訳すとき、直訳がよいのか意訳した方がよいのか、と聞かれることがあります。その英文が技術的な論文であるときと詩文であるときとでは、かなり違うし、また、私的な手紙を訳すときと大学受験の英文を訳すときでは、訳す“姿勢”が違うのは当然です。　ここでは、むずかしい議論はさておいて、だれでも知っている「Ｇｏｏｄ　ｍｏｒｎｉｎｇ．」について考えてみることにします。このgｏｏｄを辞書で引いてみると「よい、すぐれた、望ましい、りっぱな・・」という訳語が出てくるし、morningには「朝、午前、初め・・」という訳語が出てきます。これをつなげれば、「Ｇｏｏｄ　ｍｏｒｎｉｎｇ．」は「よい朝」となります。これは直訳の一種でしょう。しかし、どんなに英語が苦手な人でも、これが、朝の挨拶のことばであることは知っています。大人から子どもたちに向かっていう場面なら「おはよう」と訳すし、大人同士でかわす挨拶であれば「おはようございます」と訳すでしょう。これが自然な意訳だと言えます。　一方で、ある業界では、その日に初めて顔を合わせたときには、夕方であっても「おはようございます」と言うそうです。「お早う」が単に「（時間的に）早い行動」を意味していることを考えれば、それもうなずけます。しかし、だからと言って「Ｇｏｏｄ　ｍｏｒｎｉｎｇ．」が「こんばんは」でもよい、とは言えません。英米のその業界でなんというのかは調べていませんが、それでも夕方に「Good morning」とは言わないはずです。　ところが、政治の世界では、これがまかり通ってしまうことがあります。　憲法９条の文言は、たしかにあいまいなところもあるので、「集団的自衛権はもちろんのこと、核武装さえ可能である」という意見から、「一切の武力（軍備）も持てないし、個別的自衛権もない」という意見まで両極端の間に、無数の解釈があります。しかし、９条の文言の底辺に強く流れるのは「二度と戦争で人が殺し合うことのない世界を目指す」という理念です。それを、経済の都合や同盟国との関係だけを重視して“解釈”したり、自分たちの立場だけに固執しすぎて真剣な議論を避けたのでは、次の世代への責任が果たせないと考えています。　今回のタイトルとはかけ離れているようにみえても、ことば（文言）が目指すものを正確に理解するための“意訳”を心がけることについては共通のものを感じます。</description>
      <pubDate>Tue, 29 Jul 2014 10:12:14 +0900</pubDate>
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      <title>“すみません”は、なぜ“Thank you.&quot;?（２０１４年</title>
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      <description>ロスのダニエル君とは、もう２年越しに毎週のようにスカイプをしています。　彼はQuantitative linguistics（計量言語学）を専門にしようとしているので、最近は、その話題でぼくの方が教わることが多いのですが、ここ数か月は、「古文の読解」（小西甚一著）という高校生向けの本を併せて読み進めていて、なかなかおもしろい質問が出てきます。　今回は、それとは別に、雑談の中で出てきた「『すみません』って謝罪のことばでしょ？それなのに、どうして感謝するときに言うのですか？」という彼の疑問を取り上げましょう。みなさんならどう答えますか？　むかしから、だれかになにかをしてもらったときに、「すまない」「もうしわけない」さらには「ごめんね」とさえ言うことがありますね。ダニエルの質問をきっかけに、お礼や感謝をするときに「すみません」とは言えない（あるいは奇妙な）場合について考えてみました。◎	「おいしい食事をごちそうになって、すみません。」◎	「招待してくださって、すみません。」◎	商店主「お買い上げいただいて、すみません。」　　これらは、どれも相手の意思で喜んでしてくれた行為だから、「ありがとうございます」というべき場合ですね。　それに対して「すみません」というほうが自然な場合は、◎	「散財をおかけしてしまってすみません」◎	「ご足労をおかけしてすみません」などのように、相手に負担をかけてしまった場合に使いますね。その意味では、どんなときでも「すみません」と言うのは不自然だったり、かえって失礼なこともあります。前の英語の教科書には、レストランでの注文に「すみませ〜ん」と呼びかける話が出ていましたが、これも、店の人に気づかせる“負担”を感じるからなのかもしれませんね。　この話題は、また別の機会に角度を変えて書いてみることにしましょう。</description>
      <pubDate>Sat, 28 Jun 2014 17:08:07 +0900</pubDate>
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      <title>期待の方向（２０１４年５月２９日）</title>
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      <description>いつも読んでくださっている方々、PCの入れ替え後の調整でUPが遅くなり、ご心配をおかけしました。　「子どもに期待しすぎないように・・」という忠告をどこかで聞いたことがあります。“過ぎたるは及ばざるが如し”ということなのかな、と思ったのですが、どうもそうではなさそうです。　つまり、「もっと成績がよくなるはず」「もっとレベルの高い（？）学校を目指せるはず」という思いを「期待しすぎ」といっているらしいのです。これは逆に読むと、「そうならない子どもはダメな子」という価値観が見え隠れします。　“学ぶ力”はとても大切です。だから、これからの時代を生きる若者や子どもたちには、この“学ぶ力≒学力”はどんどん伸ばしていくための努力をしてほしい、そのためにはいっぱい協力したいと思います。ぼくが考える“学ぶ力”とは、広い意味で「知識・経験・判断力など自分の世界を広げていく力」で、“学力”は、「学校教育のなかで要求される力」です。ここで、“≒（およそ）”という記号を使ったのは、この２つが少し違うかな、と考えるからです。少し違うけれど、“学力”もとても大切です。しかし、上の３行目に書いた２つのことは、“学力”とも違う面がいくつもあります。一度しっかりついた“学力”は下がることはないけれど、“成績”は、そのときの出題の状況、に大きく左右されることがあります。振り回したバットに当たってヒットになることもあれば、ジャストミートが野手の正面をつくことがあるのと似ています。さらには、そのときの体調や気持ちの安定などでも変わります。　ほくは「子どもにはいくら期待をかけてもよい」と思っています。塾の子どもたちには、充実した人生を送ってほしいと思います。だからこそ、どの子にも、“学ぶ力≒学力”は、どこまでも、限りなく伸ばしていってほしいと期待しています。そして、結果としての“テストの点数”は戻ってこないけれど、確実に反省や検証をして次のステップに活かすことが“学ぶ力≒学力”を伸ばすことにつながると考えています。それにしても、国民が今の政権に望んだことは、財政・経済の建て直しであったはずだけれど・・・・。これも“期待の方向”のズレが大きくなっていかなければよいのですが。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Jun 2014 18:11:37 +0900</pubDate>
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      <title>ニューヨークで見たこと考えたこと（２０１４年４月２６日）</title>
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      <description>この歳になって初めての海外旅行がニューヨーク一人旅だったので、多くの人に驚かれました。でも、いくつかの失敗を含めて収穫の多い旅でした。ブロードウエイのミュージカルが思いのほか楽しかったことや、飛び切りすばらしかったナイトショーの話、マンハッタンの街で出会った人々のことなど、書きたいことは山ほどありますが、ここでは、ニューヨーク州立大学オールバニー校での授業のようすやグラウンドゼロのことなどを取り上げようと思います。　およそ８年前の毎週土曜日、わが家のリビングで、日本文学を英訳する共同勉強をしていたジェフ君が、現在、そのオールバニー校で講師をしています。そのうちの２つの授業、「近代日本文学」と「日本の核−広島から福島まで」に参加しました。マンハッタンからバスで３時間ほどかかる州都オールバニーまではジェフ君の妹Ｓａｒａと二人で行きました。　ぼくのリスニング力不足もあって、さしておもしろくもない授業？（ジェフ君、ゴメン）にもかからわず、学生たちが活発に意見を述べているのが印象に残りました。とくに後者の授業では、ぼくがコメントを求められ、報道されている以上の原発事故の深刻さと、事故後も日本政府が原発の再稼動や輸出を進めようとしていることについて、米軍負担の軽減を目指すアメリカ政府の意向とも深く関係があることを話すと、学生たちの間に驚きの声が聞こえました。　そして、あの２００１年９月１１日のＷＴＣ攻撃爆破事件の跡地をジェフ君と訪れました。その後の世界の迷走と混乱の原点の一つとなった地点は、そぼ降る雨の中、１３年たった今でも、えぐられた地面だけでなく、訪れている人々の心の中の深い傷跡も映しているようでした。　わずか３年前の大惨事と今後の大災害の可能性を忘れたかのような東京の町並みと、６年後のオリンピックを盛り上げようとする動き、原発再稼動・輸出と進む日本の姿。１３年前の衝撃的な事件と世界の混乱をもたらした原点に位置するマンハッタンの賑わいと華やかさ。　　この二つのことが、ぼくの心の中に大きく重なり合って、ジェフ君一家の配慮が温かく深く、ニューヨークの日々が楽しかった分、いつまでも残っています。</description>
      <pubDate>Sun, 27 Apr 2014 16:38:52 +0900</pubDate>
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      <title>“わかりやすい”は怖い（２０１４年３月１９日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-74304/</link>
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      <description>すずき学院の案内には「わかろうとしてわからないのは教える側の責任」とか「わかる喜びを伝える」と書いてあります。むかし、「わかる子をふやす会」という塾仲間の集まりで、「わかるように教えるには」などを議論していたこともあります。この塾と同じように、多くの仲間の塾では「わかるように教えること」を目標としています。一方で、「わかるとはなにか」については、大脳生理学者、哲学者、精神分析学者など多くの専門家がさまざまな本を書いています。　ここでは、「そんな難しいことは抜きにして・・・」おっとっと、実は、これがテーマなんです。つまり、勉強だけではなく、社会のことでも政治のことでも、「ごちゃごちゃ言ってないで、ズバッと結論は何なの？」「ざっくり言うと」「わかりやすく言うと」という表現が、最近やたらと目につくような気がします。世の中の動きを“わかりやすく”解説する評論家が広い年齢層に人気があり、ズバリと言い切る政治家が世論調査でも高い支持を集めています。デジタル思考が進み、ＳＮＳなどのネット社会が広がった結果だという人もいますが、ほんとうのところはわかりません。ぼく自身も、年を重ねるにつれて、厚い単行本よりも新書やネット検索などに手が伸びるようになりました。自分だけではなく、社会全体の知力の衰えが手っ取り早い結論を求めているのかもしれないと思うとゾッとします。でも、現実の人間社会や自然現象は、どれ一つとっても複雑極まりないもので、“わかりやすさ”からはほど遠いものです。原発も、ＳＴＡＰ細胞も、集団的自衛権も、国際紛争も「わかったかな」と思っても、次々に見えてくるものが変わります。一言で表現することができないことや知れば知るほどわからないことが増えるのは、勉強でも人生でも同じです。わからないことを楽しむ、とまではいかなくても、せめて「簡単にわかってしまうことは危険だ」という意識を持ってほしいものだと、おじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Mar 2014 21:12:09 +0900</pubDate>
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      <title>やっておけばよかったこと、やっておいてよかったこと（２０１４</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-73301/</link>
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      <description>塾生の親ごさんがぼくよりも若い方ばかりになって久しくなります。塾を始めたばかりのころは、子どもたち５人を連れて大阪万博（１９７０年！）に派遣？されたり、「人生は甘いもんじゃない」ことや、苦労して子どもたちを育ててきた“歴史”を教えていただいたりしました。長い間お世話になったその方たちもあの世に旅立ったり、老境に入っています。　人の価値観や人生観はそれぞれですが、その方たちから有形無形に教えていただいたことや、その後自分で知識を得たり体験し工夫したもののなかから、自分の体をいとおしむためにやっておけばよかったこと、やっておいてよかったことに絞って書いてみることにします。　まず、毎朝６：３０のラジオ体操です。一番大きな効用は、毎日おなじ全身運動をすることで、内臓を含めて体全体の微妙な変化を感じ取ることができるようになったことです。　つぎに、“鼻うがい”です。これは、朝食後の紅茶の出がらしに熱湯を注いで常温まで冷ましたものを洗面台に置き、帰宅したとき風邪をひきかけたときなどに、鼻の片方ずつ途中まで吸い込んで出すことを繰り返すものです。おかげで、おばさんもぼくも、インフルエンザの流行期も塾生たちが風邪をひいているときでも、ほとんど医者にもかからず薬にも頼ることなくすごすことができました。　さらに、仕事柄夕飯を摂る時間がないこともあって、朝食に手間と時間をかけていることです。昔ながらの日本家庭料理の定番をしっかりと食べているせいもあって、この歳になっても二人とも比較的元気です。　最近は、歯の手入れにも力を入れています。寝る前に、上下の歯一本一本の裏表を歯科衛生士の指導の通りに丁寧に磨いています。これが胃腸の調子もよくしているようです。　こういう高齢者を冷ややかな目で見る人もいますが、どれだけ気をつけていても、人の命は、思わぬ病気や不慮の事故などであっけなく失われるものなので、「生きている間は健康でいなければね」というのが、先達たちの貴重な教えでした。ああ、もっと若いころからやっておけばよかった！</description>
      <pubDate>Tue, 25 Feb 2014 14:55:36 +0900</pubDate>
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      <title>大衆（２０１４年１月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-72009/</link>
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      <description>先日の新聞に、フランスの文人アナトール・フランスの「大衆に対しては、いかにしてとか、どんな具合にとか言ってはならない。ただ、＜そうだ＞あるいは＜そうではない＞と言わなければならない」ということばが紹介されていました。これは、はるか昔にどこかで読んで、“若い大衆”の一人としてちょっとした怒りを感じたことばであることを思い出しました。　それとともに、もう４０年近く前、いわゆる底辺校といわれる高校の生徒であったＹ君が、「優秀な高校の連中は、自分で判断して限度を知っているけれど、オレたちパンピー（一般ピープル？）は、校則でキッチリしばられないとメチャクチャになっちゃうんですよ。」と言うのを聞いて、なさけなさと悲しさと怒りがいっしょにこみ上げてきた記憶もよみがえりました。また、かつて、ぼくの知り合いだった議員から聞いた、保守系のベテラン政治家が言い放ったという「キミたち市民派議員は、有権者に紙を食わせている（政策や主張を述べたチラシ類を配る）けれど、あんな当てにならないことはない。カツどん一杯食わせたヤツは確実についてくる。」ということばも思い出しました。　この３つは、それぞれ、「大衆は断言を求める。その理由は要らない。」「大衆は、考えさせるより指示が必要」「大衆は、考え方より目の前の損得を求める」ということを表しているのかもしれません。　沖縄では、米軍基地の移転をめぐって大きな動きが出ています。知事は、目の前の利益（開発援助）のために、辺野古移転を承認しましたが、当の名護市民（大衆）は、将来の子どもたちのために、援助よりも拒否を選びました。オスプレイの基地としてねらわれた高江の住民たちは家族ぐるみで体を張って、工事を阻止しています。　生活文化をもった大衆は底知れない力を発揮する、というのは歴史が示しています。また、「むずかしいことはわかんないけれど、オレの生き方とはちがう。」と言った年寄りもいました。心配なのは、その“生活”を失った大衆が増え続けているのではないか、ということです。そういう“大衆”の割合が最も多いとみられる東京の知事選挙が告示されました。　お祭り気分を盛り上げる論調や、断言調のスローガンにまどわされず、自分たちの将来の生活をどのように考えているかを、隣県の大衆の一人として見守りたいと思います。</description>
      <pubDate>Sun, 26 Jan 2014 12:11:33 +0900</pubDate>
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      <title>なんで英語やるの？（２０１３年１２月２６日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-70872/</link>
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      <description>これは、４０年ほど前にベストセラーになった本のタイトルです。今読み返してもワクワクするほど刺激的な英語論です。とくに、著者である英語塾講師中津燎子さんが、ある進学校の“英語の優等生”に初めて教えたときのエピソードと、その後に語られる中津さん自身にとっての最初の英語教師であった日系２世　Ｊ・山城氏の英語授業は圧巻です。　なぜこの本のことを思い出したかというと、文部科学省が、“国際的に活躍できる人材の育成のために”小学校の英語教育の開始時期を、現在の小５から小３に早めるという記事を読んだからです。この方針の発案者や、これに賛成する人たちには、ぜひこの本を読んでほしいと思います。“国際的に活躍できる人材”ともなれば、いくら流暢（りゅうちょう）に話せても、事業や商品の知識もない人に会社の大切な商談を任せることはできないし、国際情勢や日本のことも知らない人に外交交渉をさせるわけにはいきません。むしろ、知識や判断力の裏づけがない語学力では、企業や国にとってはかえって危険なことになります。学校で習う英語は、テストなどでの＜評価＞があるので、そのままでは＜使える英語＞にはなりません。なぜなら、ことば（特に会話力）は、間違えながら恥をかきながら身に付けていくものだからです。しかし、そういう従来の学校英語でも、たくさんの英語表現を学び英文を読めるようになった人ならば、たとえ一言も“英会話”ができなくても、英語を使う必要を感じたときから２年ほど英語を浴びるように聴き続ければ、ネイティヴが話すことを英語のままで聴き取れるようになり、ことばも自然に出てくるはずです。そのための教材はたくさん出ています。外国語に限らず、ことばは必要にならなければ使えないし、ほんとうに必要な場面になれば使えるようになります。“国際的に活躍している”人たちの多くは、コミュニケーション力・表現力・理解力の土台は、むしろ高い日本語力を通してこそ養われ、英語はただの道具（ツール）にすぎないと言います。もともと話すことが得意でない人が英語で話すときはスラスラ、ということもありません。そうだとすれば、文科省のほんとうのねらいは、もしかすると合衆国日本州 !?</description>
      <pubDate>Thu, 26 Dec 2013 19:13:17 +0900</pubDate>
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      <title>国民主権（２０１３年１１月２８日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-69981/</link>
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      <description>中学公民の教科書（東京書籍）には「国民主権とは、国の政治の決定権は国民が持ち、政治は国民の意志に基づいて行われるという原理です。」と書かれています。いまでは当たり前のことのように思われますが、わずか６６年前は天皇が主権者でした。だからこそ、敗戦直後の首相の発言「一億総懺悔（いちおくそうざんげー戦争に負けたことを全国民が天皇陛下にお詫びする）」は、じつは天皇が主権者であり戦争の主体であったことを示しています。　「国民主権」とはわたしたちの社会の方向を自分たちで決定することなので、選挙を通して選んだ政府が進める政策に対して、わたしたちが責任を持たなくてはなりません。これは与党（自民・公明）に投票した人だけでなく野党に投票した人にも責任があるということです。なかでも主権者であることを捨てた人たち（棄権者）の責任は一番重いはずです。　その政府が出した「特定秘密保護法案」が衆議院を通過しました。この法律の一番の問題点は、国の方向を決める重要な情報を主権者に知らせないためのものであることでしょう。これは、帝国憲法で言えば、主権者である天皇を座敷牢に閉じ込めてしまうようなもので、まさに主権者国民に対する“大逆罪（たいぎゃくざい）的法律”です。多くの人々は何が秘密かわからないので、少しでも反政府的な匂いのするものから距離を置くようになり、その結果、いつの間にか国民全体の命が危うくなることにもなりかねません。　ほかにも、ＮＨＫ経営委員会人事、教科書検定の強化など、集団的自衛権→改憲に向けた情報統制の動きが着々と進んでいます。消費税１０％、ＴＰＰ完全実施の動きもあります。現在でさえ、原発事故の深刻さが徹底的に隠されていることを思うと、次世代のことがとても心配です。　投票を棄権した人たち、与党を支持した人たちは、この動きを望んでいたのでしょうか。野党に投票した人たちも含めて、もう一度「国民主権」の意味をしっかりと考えたいものです。</description>
      <pubDate>Fri, 29 Nov 2013 18:41:53 +0900</pubDate>
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      <title>乗り物ってなんであるの？（２０１３年１０月２６日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-68815/</link>
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      <description>塾のただ一人の小学生である５年生の拓実くんには、毎回、「どんなものでもいいので、疑問や質問を持っておいで」という宿題を出しています。「サッカーはどうしてサッカーというの？」「数はどうしてできたの？」「なぜ国や学校の旗を作るの？」「色はなぜ見えるの？」などのように、どんどん知識をふくらませていく質問もあって、これはこれでおもしろいのですが、どちらかというと、ぼくの一方的な授業のようになってしまい、彼は「うん、うん」と聞くだけになってしまいがちです。これに対して、「人間が初めて食べたものはなに？」などの質問は、「タイムマシンで行ってみないとおじさんもわからないから、いっしょに考えていこう。」と言います。「最初の人間って？」「食べるってどういうこと？」などから始まって、「初めはミルクしか飲めなかった拓実くんが食べられるようになるまで」・・・など、ぼくの方から拓実くんに質問することが多くなります。慎重な彼は、「う〜ん、う〜ん」と考え込みながらポツポツと答えていってくれます。彼にとっては、こうして考えるのは新鮮なことのようでもあり、驚きでもあったようです。そんななかで、「乗り物ってなんであるの？」という話題がありました。これも、人間以外で乗り物を持っている動物を思い浮かべることから始まりました。歩いたり走ったりするだけだった人類が初めに乗ったものは何か、そもそも最初の乗り物は、人が乗るのではなく、物を運ぶ道具だったかもしれない、そうすると、人間が見る形のなかで、動きやすいのはどれか、ここから摩擦が少ない円形を思いつき、そこから丸太→コロ→車輪→車輪をつなぐ車軸と連想していきました。そこから車・自転車など車輪がついている乗り物が出てきました。そして、空を飛ぶ飛行機、これは車輪もついているぞ、ところで、車輪を使わない乗り物は？　と聞くと「雪の上を滑るソリや水に浮かぶ船」と答えが続きます。そこまで考えたところで、「でも、人間が初めて乗ったものは、どれでもなさそうだけれどなあ」というと、しばらく考えてから、自信なさそうに「う　ま？」と言いました。象だったかもしれないし、ラクダだったかもしれないけれど、おじさんも最初の乗り物は動物だったような気がしてきました。</description>
      <pubDate>Sun, 27 Oct 2013 08:00:00 +0900</pubDate>
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      <title>東京オリンピック（２０１３年９月２７日）</title>
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      <description>１９６４年、大学がオリンピック休み（？）になったので、ぼくは一人旅に出ました。それでも開会式のファンファーレのメロディーと、アナウンサーが叫んでいた“（このとき初めて知った！）一大デレゲーション-delegation代表団”という言葉は、今でもはっきりと耳に残っています。都立高校生だったおばさんは、閉会式のシミュレーションに駆り出されたそうです。日本の高度経済成長が始まっておよそ１０年、新幹線開通、カラーテレビの普及、など経済発展の象徴のように言われる１９６４年東京五輪です。しかし、その翌年から始まった赤字国債の発行が、現在の１０００兆円（一世帯当たり１９００万円！）にも上る国債残高の第一歩でもありました。　２０２０年の東京オリンピックが決まりました。「みんな喜んでいるのに、どうして反対する人がいるんだろうか」という声をよく聞きます。じつは、ぼくも今度の東京オリンピックは、４９年前のオリンピックとは比較にならないくらい大きな疑問と不安を感じている一人です。　一番大きな理由は、原発事故・大震災対策、経済財政の立て直し、TPP、憲法、集団的自衛権・・・など、日本社会にとって非常に大きな課題をかかえていることです。つまり、こういう課題が「オリンピックの成功のために・・」という大合唱のなかにかすんでしまって、気がついたら、将来の国民（つまりこれからの世代）が悲惨な苦しみの中にいた、ということになりそうだからです。これは、以前にも書いた戦争を始める構図とよく似ています。　次に、アメリカの都合で８月開催ということになったので、いまよりも酷暑が予想されるなかでの競技で事故が多発すれば、国際的信用はなくなります。それに、近年のオリンピック開催国は、その直後にどの国もひどい経済危機に陥っています。さらに、首都直下地震の心配などまだまだいくらでもあります。それとも、あと７年後のオリンピックを見られないかもしれない老人の繰り言と受け流して「ま、決まったんだからみんなで成功に向けて協力しようよ。」と考えるかどうか、次の世代の人たちの判断にゆだねることにしましょうか。それでもなお心配な爺です。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Sep 2013 19:07:07 +0900</pubDate>
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      <title>情けは人のためならず？（２０１３年８月２７日）</title>
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      <description>先日の夕刊に、「友だちに親切にした幼児は、周りにいる別の幼児からふだんの１１倍の親切を受ける」という記事が出ていました。これは大阪大学の発達心理学の研究者たちが、保育園の５〜６歳児たちを１０か月かけて観察分析した結果だそうです。とくに、“親切な行為”をした直後の１０分間に集中して“親切のお返し”を受けていたというのです。　この記事のテーマが「情けは人のためならずは本当だった」でした。ちなみに、これは「親切にすることはその人のためにならない」と、間違った意味で使われることわざの代表格として有名で、正しくは「人に親切にしておけば、必ずよい報いがある」（広辞苑）という意味ですね。　ぼくは、この記事を読んで、１０数年前、塾OGの若いママたちが幼児たちを連れて集まり、塾の教室で“おしゃべり会”（飲食会？）をしていたころのことを思い出しました。５，６人の幼児たち（２〜５歳）は、ぼくに預けられ、せまい家のなかいっぱいに遊びまわりました。　ぼくがじっと幼児たちの様子を観察していると、幼児たちは、ほかの子の遊びをちょっと手伝ったり自分のおもちゃを貸したり隣にいる子のゴミを払ったりなどをじつに自然にやっていることに気がつきました。しかも、それは、記事にあるように“見返りを求めて”やっているようにはとても見えませんでした。そのとき、人間は、進化の過程で「だれかのためによい(プラスになる)ことをする性格」（利他性）が備わっているのだなあ、と感じたものでした。“親切のお返し”をしているように見えるのは、親切にされたことで、この“利他性”の本能を呼び覚まされたからだ、とぼくは考えます。幼児が自然にもっているこの“利他性”は、豊かな人間関係があった時代の社会や地域には、いつも存在するものだったように思います。それが、社会が複雑になるにつれて、このことわざのように、どことなく“見返りを求める”親切や慈善になってきたのかもしれませんね。ときどき「ありがたいと思っていてくれるのかなあ」などと思ってしまう自分の胸に手を当てると、ドキッとすることもあります。「情けは人のためならず」の“ほんとうの意味”って、なんでしょうね。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Aug 2013 18:30:12 +0900</pubDate>
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      <title>危ない憲法！（２０１３年７月２０日）</title>
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      <description>３号前に「憲法が危ない！」を書きました。今回は、昨年自民党が出した「憲法改正草案」を取り上げます。前文から改憲手続きまで、問題点はたくさんありますが、特に第２４条「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」は、法律学を学んだぼくからみても、この憲法草案がとても危険なものであることを示しているように思えます。一見、当たり前で自然な文言であるだけに、どうしてこれが危険なの？という声が上がりそうです。実際、ほとんどのマスメディアは、現憲法９条や９６条の改憲を取り上げることがほとんどですが、この第２４条は、それ以上に私たちの日常生活に直接踏み込む重大な危険を含んでいます。まず、「憲法は主権者（国民）から執行機関（司法・行政・立法）への指示・命令である」という基本原則に反しています。これは近代民主社会がさまざまな困難の末にやっと勝ち取った原則です。この原則を崩すことは国民主権の否定につながります。つぎに、もしこの条文が成立したあとで、仮に超保守政党が政権を握ったとしたら、離婚訴訟や遺産相続訴訟が禁止されたり、もっと身近には、ちょっとした家族間のトラブルが刑罰の対象になる法律ができることさえ考えられます。だからこそ、憲法には“道徳”を書き込まないことが鉄則になっています。この草案第２４条の考え方は、天皇元首制（１条）、“公益”の定義のないまま国民の責務を定める（１２条・２９条）緊急事態（９８条・９９条）、そして、最後に１０２条の「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」に至るまで、「国民は、“お上”の言うとおりにせよ」というメッセージとして、この“自民党改正憲法草案”の中心となっています。「ほんとうに、これでよいのか？」という判断を、将来の国民への責任として、わたしたち現在の国民に問われているのではないかと考えています。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Jul 2013 22:55:21 +0900</pubDate>
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      <title>身近なプロフェッショナルたち（２０１３年６月２５日）</title>
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      <description>昨年の１０月の通信で少し触れた身近なプロフェッショナルたちの中から３人の方を取り上げることにしました。　一人目は、常盤小学校前の「文具のフランソア」の荒井さんです。３月には朝日新聞地方版で取り上げられたので読んだ人もいるかもしれません。どんな時にどのような目的で使いたいかさえ伝えれば、天井近くまでギッシリと詰まった商品の中から、必要なものをすぐに取り出す早さにはびっくりします。もし、目的に合う商品がないときには、自分でいろいろと工夫して作ってしまいます。オリジナルの腕章などはびっくりするほどの出来栄えです。ぼくも特殊な用途のカードを作ってもらったことがあります。　中山道浦和橋近くの「すぎやまスポーツサイクル」の杉山さんは、近在のサイクリストで知らない人はいないほどのサイクリングのベテランです。自転車に関してはとても厳しいので、頑固者と思われることもあるようですが、保守・点検を含めてじつにきめ細かいところまで気を配った手入れをしてくれるし、長く深い経験に裏打ちされたサイクリング技術には、いつ聞いても新しく学ぶところがあります。ぼくの自転車は決して高級車ではないのに、ここで購入し調整してもらっているおかげで、実に快適に長距離を走ってくれます。　北浦和元町シティ近くの「松本金物店」の松本さんもまた、地域が誇るプロフェッショナルです。お客さんに「あいにく品切れで」と言いたくなくて（ご本人の弁）それこそありとあらゆる種類のものが置いてあり、しかもその一つ一つの使い方を実に丁寧に説明してくれます。それでも、決して頑なではなく「あっ、それならホームセンターに行って○○の物と言えば、多分あるはずです。」とまで教えてくれます。　ほかにも酒屋さん、八百屋さん、魚屋さんなど、これぞプロ、と呼ぶにふさわしい人はたくさんいますが、ここに取り上げた３人は、ぼくよりもずっと先輩の方々です。若い人たちには、ぜひ“身近なプロフェッショナル”のすばらしさを知ってもらいたいと願っています。</description>
      <pubDate>Tue, 25 Jun 2013 17:07:34 +0900</pubDate>
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      <title>パソコンが壊れて・・・（２０１３年５月２５日）</title>
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      <description>６年前に買ったパソコンが、先週とうとう壊れてしまいました。この１年ほど様々なトラブルを起こしながらもなんとか使えてきましたが、まだまだ早いと思って熱対策をしなかったために、リカバリ（購入時の状態に戻す）さえできなくなりました。ファイルや設定は毎日バックアップしていたので、これらが使えるウインドウズXPパソコンを探したのですが、販売店はもちろん、メーカーの修理部門でも一切受け付けないとのことでした。　別のメーカーの格安中古パソコンを手に入れセットアップしましたが、基本機能が違うので思うように動いてくれません。一週間かけてほぼ元通り復旧したところです。　このことがあって最新のパソコンのカタログをあちこち見てみましたが、すでにWin7もなく、Windows８の華やかな機能が並んでいます。しかしよくみると、XPでできないものはタッチパネルぐらいです。それもぼくにとってはまったく無用の機能です。　家電業界が不調だといわれていますが、つまり、みかけは新しくてもわたしたち自身の世界と生活が一新するような製品が出ていないからだといえます。そういえば、テレビも売れ行き不振で、６月から、フルハイビジョンの４倍の精細度をもつ４Kテレビが出てくるそうです。でも、ほとんどの人は、テレビの機能には満腹状態でしょう。ぼくなどは、報道と娯楽のメディアとしては、白黒テレビで充分だと感じていました。パソコンやテレビに限らず、新しい製品を作っては消費者のニーズを生み出し不要不急なものを買わせてきた産業構造が、そろそろ限界にきているのかもしれません。　だからこそ、産業界もあるいは政治さえも、われわれにとって必要なもの、大切なものではなく、より刺激の強いものを提示し、まやかしのパフォーマンスに躍起になっているのかもしれません。　それらに乗せられることのない足元のしっかりした消費者、有権者たちが、この社会を救うのではないかと、おじさんはひそかに願っています。</description>
      <pubDate>Mon, 27 May 2013 11:36:46 +0900</pubDate>
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      <title>憲法が危ない！（２０１３年４月２７日）</title>
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      <description>５月３日を目前にしたこの時期は、毎年、憲法について書いています。立憲・民主国家を名乗る国ならどこでも、憲法は「政府・国会を初めとする為政者に対する、主権者（国民）からの指示命令」です。だから、成文憲法を持たないイギリスなど２，３の国以外、世界のほとんどの国では、簡単に憲法を変えることができない仕組みになっています。あのアメリカでも改憲には両議院の2/3以上の賛成が必要です。それなのに、現在の日本政府は議会の1/2以上の賛成だけで改憲の発議ができるようにしようとしています。憲法９６条をこのように変える真の目的は別のところにあります。　一票の格差が違憲無効とされている状態のまま過半数で発議され、さらに国民投票でも過半数ということになれば、ごく少数の国民の意思だけで、現日本政府やアメリカ政府の“思惑”通りに憲法が変えられてしまいます。“思惑”とは、日本（軍）が米軍と協調するか肩代わりできる憲法条件と軍事力を持つことです。これは、日米の経済界の“思惑”とも一致しています。膨大な軍需景気を見込むことができるからです。　いっぽうで、現行憲法は、多くの外国人から高く評価されています。この憲法がある限り、他国は、どのような理由があっても日本を軍事攻撃するための大義名分が得られないからです。どの国も、他国を攻撃するために“大義”を探るのは、２度の大戦や中東戦争から最近のイラク戦争、北朝鮮にいたるまですべての紛争国がやってきたことです。完全な国際的孤立は、大国アメリカといえども避けなければならないことだからです。　現憲法には、細かい点で時代に合わない部分はありますが、当時の米民生局の若い専門家たちが理想に燃えて“世界に例のない平和民主国家”を目指して作った草案を元にして成立したものです。さまざまな事情の違いはあるものの、徹底的にナチス体制を否定してきたドイツ政府と違って、いまでも“英霊意識”にとらわれている日本政府が改憲に着手すれば、近隣諸国との関係は決定的に悪化するかもしれません。　これからの世代のことを考えるあまりに、ぼくの心配をそのまま書いてしまいました。しかし、これも考え方の一つであることには違いありません。憲法について、真剣に考えるきっかけにしてほしいと願っています。</description>
      <pubDate>Sun, 28 Apr 2013 11:54:40 +0900</pubDate>
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      <title>絶対安全って？（２０１３年３月１９日）</title>
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      <description>受験生たちにとっての苦しくて不安な日々は終わりました。塾の中３生たちは、初めに目指した志望校を変更した人がいたものの、全員が第一志望の高校に合格することができました。現在の時点では、それぞれにとって一番望ましい結果を得られたと思います。この受験校選定の過程でもずいぶん悩み、「何点取ればいいのかな？」「倍率が高くなったから落ちるかも・・・」「定員割れなら絶対安全かなあ？」などなどいろいろな言葉が飛び交います。不安の表れですね。ぼくは、そんなとき「少なくとも君たちの志望校には絶対合格する受験生も、絶対不合格になる受験生も来ていない。だからこそDo your best!」と言います。初めての受験で不安になるのは自然な感情ですが、考えてみれば、“絶対安全”って、あまりおもしろくないし、じつは恐ろしいものでもあります。遊びでもスポーツでも、もしかすると受験でさえも、挑戦するから夢がある、困難なことに向かっていくからこそ成長できることもあるでしょう。“絶対安全”を追い求めるあまり、大局を見誤ることもあります。だからこそ、若者たちには“負けるの嫌い・失敗しそうなことは避ける”から一歩踏み出してほしいと、おじさんは常々考えています。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」「Nothing ventured,Nothing gained.」一方、限りなく“絶対安全”に近づけなければならないこともあります。それは、“命”にかかわることです。場合によって、一時的にはどれほど屈辱的であっても、“自他の命”を最優先することが、再生や復活につながります。その意味では、戦争は、絶対に起こしてはならないことで、同様に、人類の現在と将来を危うくする原発も“絶対安全”ではないからこそ、どれほどの犠牲を払ってでも完全廃棄に向かわなければなりません。</description>
      <pubDate>Tue, 02 Apr 2013 19:33:42 +0900</pubDate>
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      <title>昴（すばる）（２０１３年２月２３日</title>
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      <description>今ごろの季節、よく晴れた日の夜、ちょうど中学生たちが塾から帰るころ、天頂よりすこし西よりのところにオリオンの三ツ星が見えます。その三ツ星のならびに沿って西の方に目を移すと、カップの形のような星の集まりがあります。小さな望遠鏡で見ると、青白く夢のように輝いている若い星の集団であることがわかります。これがプレアデス星団です。　日本では古くから昴（すばる）と呼ばれ、玉飾りの形に見られたようです。清少納言も「星はすばる・・・」（枕草子239段）と星の第一に数え、さまざまな伝説や、農業の種まきの目安としても親しまれたようです。お父さんお母さんの世代には、谷村新司の歌や車の名前としてもおなじみであるはずです。　皓々（こうこう）と空にかかる大きな月と赤くあやしく輝く火星、この２つはこの時期の夜空でひときわ目立ちます。月や火星は太陽の光を受け、その光を反射して輝きます。しかし、その夜空にあって、小さな「すばる」の仲間たちは、お互いの位置をしっかりと守りながら、それぞれが独立した恒星として自分自身の光を宇宙空間に放っています。　子どもたちもまた「すばる」であってほしい、一人一人の存在は小さくても、ひとりひとりが自分自身の光で輝き、おたがいを大切にし認め合える人間であってほしいと思うのです。（この文は約２０数年前に書き、３年前にも再掲したものです。今年も、夜空の「すばる」をながめながら、現在の塾の子どもたちにも“すばる”への思いを伝えたくて、ちょっと手直しをしてから再掲しました。なお、上の挿絵は、おばさんが模写をしたものです。）　大震災があり、さらには隕石などの天災、それに原発事故という人災があり、そのうえ、さまざまな事件や事故や紛争が続く世の中だけれど、４１０光年もかなたの星たちに思いを寄せ、悠久の時間と空間のなかで次の時代への希望を見つけたような気がしました。</description>
      <pubDate>Wed, 27 Feb 2013 21:44:44 +0900</pubDate>
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      <title>“right”について（２０１３年１月２９日）</title>
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      <description>今回は、やや軽い話題（a light topic）です。そこで、ダジャレのようにｌをｒに変えて、英語の“ｒｉｇｈｔ”について書くことにします。　“ｒｉｇｈｔ”は、「まっすぐな」というのが元の意味で、「知恵者の心は右にあり」という旧約聖書のなかのことばから「右手は正しい」という意味が出てきたようです。古代ローマにも「右に神が宿り、左に悪霊が宿る」ということわざがあるそうです。両方とも、右利きの人が多いということからきているのかもしれません。　このことから「まっすぐ、右、正しい」などｒｉｇｈｔの代表的な意味は、すこしずつ関連があることがわかります。ここから転じて、「整然とした、正確な」という意味が出てきます。さらにrightの大切な意味としては“権利”がありますね。また、直角のことを“a right angle&quot;、直線を“a right line”というのも興味深い話です。きっと、“きっちりとしている感じ”なのでしょう。　ここまで書いてくると、rightが持つ語義は「本来あるべき・多くの人に認められる」であることだと理解できます。　ところが、Aからみてrightの位置にあるBの方から見れば、Aはleftの位置にあるというように、立場を変えてみれば、その価値は逆転することがあります。その逆転がケンカや政治的対立や、その果ては戦争にまで発展します。その意味では“right”はとても扱いにくいものでもあります。　　ちなみに、右翼（right wing）というのは、フランス革命期の国民議会で、議長から見て右の方に極端な保守派がすわっていたことに由来するようで、上に書いた“right→右”の意味とはまったく関係はありません。また、rightと近い意味を持つｇｏｏｄは、Ｇｏｄ（神）と同じ語源のようです。したがって「（道徳的に）正しい善、行儀のよい、楽しい、親しい」など、心情的な意味が出てきます。ついでの豆知識：　ｒｉｇｈｔの反対語はｗｒｏｎｇ、ｇｏｏｄの反対語はｂａｄです。なお、時計が不正確なのはwｒｏｎｇで、食べ物がまずいのはbadです。こんなところからも、辞書にはない“ことばの心”を理解することができますね。</description>
      <pubDate>Sun, 10 Feb 2013 12:28:20 +0900</pubDate>
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      <title>専守防衛（２０１２年１２月２１日）</title>
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      <description>４０年ほど前、夜道を一人で歩いていたとき、見知らぬ男にいきなりナイフを突きつけられたことがあります。そのときのことを詳しく書く余裕はありませんが、ともかく、お金も奪われずケガもしなかったことは確かです。ナイフの先がブルブルと震えているのをみて、これは大丈夫だなと思った記憶があります。こんなとき、すばやい身のこなしや速い逃げ足がある人は、難を逃れることができます。ちょっと滑稽（こっけい）だけれど、防刃（弾）チョッキやヘルメットをつけていれば、万一の場合に致命傷を負うこともないでしょう。つまり、冷静な判断力と機敏な対応、そして、いざというときの守りが身を救ってくれます。ここまでが“専守防衛”と言えるでしょう。　もし、ここでナイフなどの武器を持っていたらどうでしょう。対抗するために取り出すかもしれません。もしかすると、ただの脅しだけのつもりだった相手を刺激して、刺されるかもしれないし、もみ合いのなかで、相手を刺してしまうかもしれません。仮にそうならなかったとしても、現場を目撃した人や警察から見れば、危険人物同士のケンカだと思われても仕方がありませんね。さらに、武器を持った仲間が駆けつけてくれば、これはもう“凶器準備集合罪”になります。別の機会に仲間が同じような状況になったら、自分も武器を持って駆けつけなければなりません。これが“国防軍構想”であり“集団的自衛権”です。　武器を持ち始めれば、「やっちまえ」となるし、「相手よりも強力な武器を・・」となっていきます。これが軍備拡張です。その果ては“核装備”に行き着きます。　“専守防衛”は、トラブルの相手を冷静に観察した上で、相手がなにを望み、こちらが譲れないものは何かを見極めて交渉する知恵と粘り強さが必要です。場合によっては、ポケットにあった１０００円札を渡すことでその場を収め、後で警察（国際社会）に訴えることもできます。さて・・・。　　　</description>
      <pubDate>Thu, 20 Dec 2012 18:50:13 +0900</pubDate>
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      <title>文字の映像化？（２０１２年１１月２４日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-53800/</link>
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      <description>４０年ほど前は、テレビ全盛の時代でした。人気番組も多く、東大安田講堂の攻防や人質立てこもり事件などを長時間実況中継したり、多くの家庭の食卓や学校の教室の話題はテレビだったようです。また、そのころから大人たちも堂々と漫画を読むようになって、これからは“映像の時代”である、と言われたものです。科学実験も語学もテレビで学習し、漫画で歴史を読み、ビデオやＬＤを使った教材もたくさん出ました。その反面、出版物や新聞はどんどん部数を減らし、活字文化は風前の灯とさえ言われてきました。　それから四半世紀以上たって、ときは“ネット時代”です。ブログや掲示板、ポッドキャストから、さらにはＳＮＳ、ツィッターやフェイスブック、ＹｏｕＴｕｂｅなど、だれでもが自分の言葉を世界に向けて発信し、それをだれもが読むことのできる時代がやってきました。そのようなソーシャルメディアの典型である通販サイトのカスタマーレヴュー（購入者による商品評価）は、商品の売り上げを大きく左右すると言われています。しかし、別の面では、瞬時に数十万人を動員できる中国の微博（ミニブログ）に代表されるように、ソーシャルメディアは、これからの大衆動員や選挙戦術の最重要ツールになってきそうです。さらには、遠隔操作の脅迫メールや、国家間の情報戦争にさえ広がっています。良くも悪くも、若者たちはテレビを離れ、ＹｏｕＴｕｂｅ・ニコニコ動画などのサイトを除いては、ほとんど“文字”を通して情報を発信し、情報を得ています。“映像の時代”から“文字の時代”へ逆戻り！？　しかし、この“文字（ことば）の時代”には、とても危険な臭いがします。文字や言葉は”熟読玩味”というように、じっくりと考えながら読み進めていくはずのものでした。ところが、声高なワンフレーズで物事を断じてしまうのが、現在の“文字の時代”（じつは“文字の映像化？”）のこわいところです。原発・税・社会保障・外交・ＴＰＰ・・・どれをとっても一言で割り切れないところが現代社会です。それを絡んだ糸をほぐしていくように地道に進めていくのが、本来の政治なのではないか・・、子どもたちの将来のために、自分の一票をどのように使うか、苦慮しています。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Dec 2012 17:51:38 +0900</pubDate>
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      <title>仕事の価値〔２０１２年１０月３０日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-52263/</link>
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      <description>今月のトップニュースは、iPS細胞を開発した山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞でしょう。iPS細胞と山中伸弥という名前は、この数年ずっと耳にしていましたが、詳しい解説が書かれ、新聞紙上で初めて彼の風貌をみたのもノーベル賞のおかげですね。　新薬の開発や再生医療の可能性など、難病に苦しんでいる人たちに大きな希望を与えてくれた画期的な研究は、とんだお騒がせの“偽手術”事件があっても、その価値は決して損なわれません。　整形外科医になった彼が、手術がどうしようもなくへただったので薬理学に転じ、研究者の道を選んだことがiPS細胞の生成につながったと知り、あらためて人の能力と運命の不思議について考えました。　同じ医師でも、今年の２月に“世紀の”冠動脈バイパス手術を成功させた天野篤教授は、３年も浪人して私学の医学部に入ったという経歴からみると、飛び抜けた処理能力をもって地道に基礎研究に取り組む人ではなさそうですが、世界最高の手練熟達の技を持つ“手術の神様”と言われていますね。　方向こそ違ってはいても、どちらも「病気に苦しんでいる患者を救いたい」という一心で、自分の弱さと戦い、自分の研究や技を磨き続けた、という点では共通しています。　そして、いくつもの記事や語録を読んでみると、周囲に認められることよりも、自分の課題を見つめ続け、それを常に改良発展することだけを考えてきたことも似ています。　彼らのように有名になった人たちだけではなく、コツコツと自分の仕事をみつめ、改良改善を続けている人たちは、ぼくの周囲にもたくさんいます。芸術に、手仕事に、研究に、農業に、あるいは、学校の先生や技術者や個人業者にもいます。彼らもまた、周囲に認められることを目標にはしていないけれど、彼らの仕事の価値は“おのずと”表れるので、多くの人に支えられてもいます。山中、天野両教授だけではなく、そういう人たちが「皆さんに支えられて・・」と言うのは、まさにそういう生き方から出てきた実感なのだと思います。</description>
      <pubDate>Wed, 31 Oct 2012 10:20:13 +0900</pubDate>
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      <title>無人島に一冊の本（２０１２年９月２７日）</title>
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      <description>先月の通信に書いたダニエルくんとは、その後もメールやスカイプで交信をしています。ロサンゼルスのダニエルくんと、画面を見ながら１時間以上も話しても“無料！”というスカイプは、新鮮な驚きでしたが、なによりも、彼の勉強ぶりと旺盛な好奇心には、おじさんも刺激を受けています。　そのダニエルくんと教室で勉強しているときに見せてもらった最新の電子辞書の“威力”に圧倒されて、とうとうその電子辞書を買ってしまいました。「高校生用」というキャッチがついているのに、使えば使うほど、まさに“高レベル学習百科”です。高校で習う、古典・漢文・英語の全分野、社会科系理科系全教科の各事典はもちろんのこと、高校数学解法事典、各種検定問題など至れり尽くせりです。おどろいたのは、昆虫・鳥類・魚類・植物のカラー図鑑だけではなく、２０００もの文学作品が丸ごと入っているし、クラシック名曲のさわりが聴けるほか、与謝野晶子ら原作者自身による朗読まで聴くことができることです。昔から「無人島に１冊だけ持って行くとしたら」という命題がありますが、まさにこの一台だけで、数年間は充分過ごすことができます。しかし、この命題が想定していた“分量”としての「一冊」の意味は、この小さくて高機能な電子辞書の前では失われてしまいます。 ぼくは、この電子辞書に夢中になりながらも、あれこれと考えさせられています。この命題は「たった一冊を選ぶために全人生をかけること」に本来の意味があるからです。迷い、悩み、泣くほどの思いで本を取捨選択していく・・・生き抜く気持ちを支えてくれる本、島で過ごすための実用的な本、本質的なことを考えるための本・・・。しかし、この電子辞書はそんな悩みをほとんど一瞬で吹き飛ばし、最短時間で効率よく正解に到達し、幅広い知識や娯楽まで与えてくれます。「でも、しかし・・」と、おじさんは考えます。知識や知恵を獲得していく思春期に、こんなものに出会ったら、人間にとって、なにかとても大きくて大切なものが失われていくような気がしてなりません。一方、これを使いこなしているダニエルくんを見ていると、人間の好奇心の原動力とはなんだろうかと、またまた考えてしまうのです。</description>
      <pubDate>Fri, 28 Sep 2012 16:14:12 +0900</pubDate>
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      <title>日本語の勉強（２０１２年８月２７日）</title>
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      <description>このところ、ダニエル君という１９歳のアメリカ人青年が塾に来ていました。ほとんどの塾生が会いましたね。せっかくの機会なので、ナマの英語の音を聴いてもらおうとしましたが、照れているのか、おじさんの引き合わせ方がまずかったのか、うまく彼とコミュニケイトできた子は少なかったようです。　ダニエル君は、昨年の１０月ごろ初めて日本語に接し、興味を持ったそうです。そして、まず独学で漢字だけを学び、その一つ一つの意味を覚えました。日本語の文章には漢字が多く含まれているので、むずかしい文章でも、自分が興味のありそうなことが書いてあるものを見つけては、漢字を拾い、漢字と漢字の間の意味を“類推”（contextといいます）して読んでいたようです。そのためか、びっくりするほどむずかしいことばを知っているかと思えば、かんたんな表現ができないことがありました。しかし、この漢字かな交じりという日本語の特性を活かした勉強法は、日本語学習者の中では知られているもののようで、以前この塾に来ていたジェフ君も同じような勉強をしていました。　ただ、ジェフ君が日本文学を次々英訳してきては解釈の正誤を質問していたのに対して、若い世代のダニエル君は、スマホと電子辞書と暗記ソフトを自在に使いこなして、見聞きする日本語をかたっぱしからメモして覚え、すぐに使ってみようとしていました。ぼくと上野の東京国立博物館に行ったときも、次々と質問が飛んできて、こちらにとっても新しい発見がたくさんありました。外国語の勉強法は、基礎から丹念に積み上げていくものがほとんどですが、なにか強い興味があるものを持っている人には、ちょっと背伸びをして、おもしろいところから始める彼らの勉強法は参考になると思います。　一人っ子のダニエル君が、だれも知人がいない日本にひとりで来ることについては、彼のママもかなり心配していたようですが、たくさんの成果を持って、２ヶ月の日本滞在を終え、２４日にロサンゼルスの家に戻っていきました。今度は、“立派な大人”になって戻って来る日を楽しみにしています。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Sep 2012 11:55:30 +0900</pubDate>
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      <title>ヤモリ（２０１２年７月２５日）</title>
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      <description>わが家のリビングにある掃き出し口の大きなガラス戸には、このところ毎晩のように、ヤモリが来ています。おばさんとおじさんは「ヤモくん」と呼んでいて、毎夏の再会をたのしみにしています。小さいのや大きいのが入れ替わり立ち代り現れるけれど、みんな「ヤモくん」です。先日は、掃除のために引き戸を開けたとたん一匹が家の中に入ってしまいましたが、いつのまにか、このスキマだらけの家から脱出したようです。漢字では「守宮」と書きますが、「家を守るもの」とも考えられてきました。　白い腹をこちらに見せ、手足のそれぞれ５本の指を目いっぱいに広げ、吸盤をピタッとガラスにつけてじっと獲物を狙う姿は、ハンターそのものです。小さな虫が止まると、すこしずつにじり寄っていって目にも止まらぬ速さで首を伸ばして捕らえます。惜しいところで逃げられてしまうことも多く、そんなときには、観客であるおばさんとおじさんも手をたたいて残念がります。あの体を養いすばやい動きを確保するために、いったいどれだけの“エサ”が必要なのでしょう。どうみても充分とは言えません。ときには、大きなヤモくんと小さなヤモくんが同時に現れ、親子かもしれないのに縄張りを争って向かい合うこともあります。　ヤモくんたちの表情はもちろんわかりませんが、生き抜いていく必死さだけが伝わってきます。そして、いま、目の前にいるヤモくんは、去年の夏、このガラス戸にきたヤモくんの孫くらいなのかもしれません。ヤモくんの人生ならぬ“ヤモリ生？”（調べてみると６年も生きるのがいるそうですが・・）は、まさにこの（自分の体を保つ）個体維持本能と（自分の子孫を残す）種族維持本能のためだけにあります。必死になってガラス面を駆け回るヤモくんの姿を見ていると、厳粛で崇高な思いにとらわれます。考えてみれば、人間以外の生き物たちのほとんどは、この二つの本能に従って生きています。この２つの本能に従えば、どれほど経済効果があろうと、どれほど便利であろうと、原発は“負の遺産”でしかありません。“万物の霊長”と豪語し、ラク・トク・ベンリの文明を追い求めたあげく、彼らも巻き込んで地球を住みにくくしている“人間”であることが恥ずかしくなります。</description>
      <pubDate>Sat, 28 Jul 2012 11:04:31 +0900</pubDate>
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      <title>後始末（２０１２年６月２７日）</title>
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      <description>人間はさまざまな失敗をします。失敗をしない人はいません。もし、失敗などしたことがない、という人がいたとしたら、その人の周辺の人たちは警戒する必要があります。その人がどれほど不都合なことをしたとしても、それはその人の責任ではなく、他人のせいや偶然のできごとにされてしまう可能性があるからです。　失敗したあと「ああ、自分ってバカだなあ・・・」とか「なんであんなことしちゃったのかなあ」とクヨクヨと悔やむのは“後悔”、失敗の原因を突き止め、２度と同じ失敗を繰り返さないように対策を尽くすのが“反省”です。　中学生や高校生ならば、テストが返されたあと「悪かったから見たくな〜い。」「終わっちゃったんだからもういいや。」ではなく、「この部分は勉強不足だったな。復習しておこう。」「よく読まなかったためのミスが多いな。条件を確認しながら読むようにしよう。」など、次への備えをするための“後始末（反省）”こそが大切ですね。　ぼくの友人Ｔくん（某国立大教育学部教授）は、教師を目指す学生たちに「借りたら返す、開けたら閉める。これが人生を生き抜く基本だ。」と言い続けてきたそうです。これも、まさに“後始末”の大切さを説いていることばです。ところで、テストの後始末や開けたドアを閉めることはできるけれど、原発の後始末は不可能です。福島第一原発事故の処理は、公表されているよりかなり困難で、まだまだ収束の見通しさえ立っていないようです。その上、政府は原発の再稼動を進めようとしています。原発が生み出す使用済み高レベル放射性廃棄物は、廃棄直後は１４０００Ｓｖ/h、これをさまざまな防護をし、事故やテロの危険を乗り越えながら、最終処分場まで何千本も運び地下に埋めても、何十年何百年後の子孫への影響は必ず出る、と言われています。後始末ができないことがわかっていながら推進しようとするのは、これはもう“失敗”というより“犯罪”というべきなのではないかと思うのです。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Jul 2012 11:05:14 +0900</pubDate>
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      <title>竹の秋（２０１２年５月２８日）</title>
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      <description>以前、塾のOBと話しているとき、竹の話になりました。ところが、彼は「塾に竹なんかあったっけ」と言うのです。線路のほうから歩いてくると、遠くからでも見えるはずなのに、気づかないまま通り過ぎて玄関に入ってきていたようです。　孟宗竹（もうそうちく）と亀甲竹（きっこうちく）が、現在大小合わせて１０数本、道路に面して生えています。これは、元々ぼくの母が実家から移植したものですが、その後、おばさんの生垣の手入れのおこぼれ（？）で、どんどん育ってきたもののようです。毎年４月には、小石混じりの土をかき分けて筍（たけのこ）が頭をもたげ、あっというまに若竹になってしまいます。土からちょこんと頭の先を出したころ、シャベルを使って掘り出し、先の柔らかいところだけをお吸い物などにしていただき、新鮮な香りを味わっています。　竹は地下茎がどんどん伸びるので、塾の廊下や玄関の上がり框（あがりがまち）を持ち上げているのを見た人もいると思います。五月の末から六月にかけて、伸びすぎて電線にかかりそうな若竹や、垣根になりそうもない竹を伐採します。こうして切った竹は、まさに木質多年草と言われるように、やわらかく水分をたくさん含んでいます。ときどき小学生たちと竹細工をしたのも、この時期の若竹です。　いまは、ちょうど“竹の秋”で、道路にはたくさんの枯れ葉が散ります。毎朝、掃除をしていますが、そろそろ雨の時期とも重なるので、水気を含んでピタッとアスファルトの路面に張り付いた竹の葉っぱはなかなか取れません。　七月は、塾でも七夕の短冊飾りをします。このときは、おばさんが、ほどよい若竹をみつくろって切ってくれます。子どもたちの短冊は毎年の楽しみです。　竹は、いろいろないたずらもするし、掃除も大変ですが、あたりかまわずどんどんと伸びてゆくエネルギーが、まるで子どもたちを象徴するかのようで、ご近所に迷惑をかけているのではないかなと思いながらも、気に入っています。</description>
      <pubDate>Tue, 29 May 2012 11:28:12 +0900</pubDate>
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      <title>戦争への道、平和への道（２０１２年４月２６日）</title>
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      <description>ミサイル（人工衛星？）打ち上げに失敗した北朝鮮が、近々核実験を強行するようです。この国は、現在のところ戦闘こそしていませんが、国民の生活よりも軍事優先、指導者の性格と力量が美化され、一見平凡そうに見える周囲の老人たちが軍服を着ることでひきしまった感じを与え、単純明快な集団的統一感がある、という点で、まさに“戦争への道”を突き進んでいます。　“戦争への道”は、若者の失業問題も軍隊で解消されるし、不況も生活苦も外交の失敗も政府の不正も、“官民一体”となって国難を乗り切ることが最優先されることで消えてしまいます。国境の島をめぐる争いも、ていねいな交渉を飛び越して、「なめられてはいけない」「一歩も譲るな」そして「やる前にやれ！」という方向になりがちです。“戦争への道”は、わかりやすくカッコいいのです。いわば、ごみが散乱した土地の上につくった人工都市か高速道路のようなものかもしれません。しかし、その先には“戦争という地獄”が待っています。その地獄でさえ「いつか終わるし、勝てば天国に変わる」という“希望”に支えられて破滅するまで続いてしまいます。　　これに対して“平和への道”は、あたりまえの毎日を過ごすために、次から次に出てくる“ゴミ”を片づけ続けるような“退屈でめんどくさい道”です。しかも、これは終わりのない道でもあります。この道を歩むリーダーはいつも批判されやすく、少しの失敗も許されません。一方、この道を歩く人たちは、いつも不満を抱えやすく、スカッとした気分を求めたくなります。だから、この道は、いつでも“戦争への道”に変わりやすい道でもあります。　“戦争という地獄”を体験している人たちがいるうちは、必死になってこの道を歩き続けようとする力もありますが、その人たちが少なくなると、“戦争への道”のすっきりとしたわかりやすさが歓迎される方向に向かうかもしれません。今の日本は、どちらの道を進み始めているのでしょうか。</description>
      <pubDate>Thu, 03 May 2012 08:08:16 +0900</pubDate>
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      <title>足元の一歩と広い視野(２０１２年３月２０日）</title>
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      <description>遠い場所や広いところを見ようとすると、足元や近くのものが目に入らない、近くのものを見ていると、それ以外のものが見えない、それがぼくの“障害”です。２つのメガネを使い分けているのはそのためです。　そういう“障害”があるからか、子どもたちのことを考えるときでも、あるいは社会のことを考えるときでも、目の前のことと後々までのことや全体的なことを併せて考える習慣がついたように思います。こんなことを書くといかにもエラそうに聞こえますが、日常生活でも何かについて考えるときでも、遠くばかり見ていて足元の石ころにつまずいたり、足元ばかり気にしすぎて、自分がいまどこにいるかわからなくなったりという失敗を繰り返してきたからにほかなりません。　社会のことでいえば、財源不足を理由に、“税と社会保障の一体改革”が進められようとしています。消費税率が上がるのはとりあえず困るけれど、将来の社会が困窮してしまうのも困る、でも、消費税を上げる前に歳出削減や直接税の見直しなど、もっとすることはないのか、また、消費税を上げれば社会保障はほんとうに安定するのか、などなど、現在の問題であるのと同時に、４０年・５０年先の社会にまで影響のある問題です。　きみたちの勉強も同じことです。いまは目の前の点数や成績にばかり気になってしまうのはムリはありません。それもまた大切なことです。しかし、きみたちがこれからの社会を生き抜いていくためには、さまざまなことを身につけていくことも必要です。いま取り組んでいる勉強を通して、いろいろな場面でものごとを考え判断していく上で大変役に立つことがたくさんあります。　一方で、「今からでも間に合うの？　こんなことで将来大丈夫なんだろうか」と考える人が、案外、足元の勉強がおろそかになっていることが多いものです。　大きな視野に立つことと、目の前のことに一つ一つていねいに取り組むこと、ぼく自身もまだまだ不充分ながら、この二つの視点を大切にしたいと考えています。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Mar 2012 19:22:39 +0900</pubDate>
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      <title>“無限”は夢？それとも不安？(２０１２年２月２３日）</title>
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      <description>昔は、「宇宙は無限である」と言われていました。最近まで、宇宙の果てまでは約１３７億光年とされてきましたが、現在は膨張速度が加速していることがわかり、さらに次から次に“なぞ”が増えていっているようです。研究が進めば進むほど“わからないこと”が増えていきます。物理学に限らず、学問の最先端の分野では、同じようなことが起こります。つまり、「わかればわかるほどわからないことが増える」のです。学問ばかりではありません。７０年近く生きてきたおじさんも、人間社会のことはもちろん、教科のことまで含めて、いままでわかっていたはずのことがそうでないことに気がついたり、ここまでは確かにわかった、でもその後は・・・ということがたくさんあります。「じゃあ、わからないほうがいいじゃん？」という人はいませんか？自分の身の回りのことの一つ一つを確かめ、じゅうぶんに「わかった！」と思ったとき、ふとみると、その先になにやら扉（とびら）があって、そこを開けるとさらに広い世界が広がる、その世界を理解できたと思うと、その先にもっと広い世界が広がっている、たとえてみれば、そんな感じなのです。ちょうど、お母さんと自分だけの世界しか知らなかった赤ちゃんが、家族の世界、家の周囲の世界、ほかの赤ちゃんとの世界・・・と自分の世界を広げていくのと似ています。最近は、「これだけやればＯＫ！」「たったこれっきりの○○」というキャッチコピーが氾濫（はんらん）していますね。苦しいことややりたくないことを目の前にしたとき、人はそのゴールを示してもらうことで安心できます。こういうコピーは、人間のそのような心理を映したものでしょう。　しかし、一歩一歩の足の運びのなかに喜びや楽しさを見つけていくと、気がつけば遠いところまで来ているように、目の前の一つ一つに丁寧に取り組んでいくことで、ほんとうは限りなく続く学問の世界も、勉強も、さらには人生も充実していくのではないかなあ、とおじさんは考えています。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Feb 2012 20:53:28 +0900</pubDate>
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      <title>冬来たりなば春遠からじ（２０１２年１月２５日）</title>
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      <description>上田敏の名訳で知られるこのフレーズが、とりわけ身に沁みるこのごろです。　　　　　　　　　　　　　　大寒は過ぎましたが、今はまさに冬。久しぶりの雪景色が見られ、日中も気温が上がらず、庭の水たまりには薄く氷が張っています。一年中で一番寒い時期が今です。　季節だけではありません。世界の経済も冷え切っています。日本経済はもちろん、ヨーロッパ経済もアメリカの経済も元気がなく、あの中国経済さえも成長が鈍っています。地球環境も放射線汚染の広がりと同時に、全体的な温暖化も徐々に進んでいるようです。日本社会に限ってみても、大震災・原発事故の後始末、これからの食糧や医療への不安が大きいＴＰＰ、膨大な国債残高、急速に進む超高齢化社会、そして増税・・・、さらには近づいていると言われる首都直下型大地震・・・と並べると、だれしもが不安になります。だから、知りたくない、聞きたくもない、考えたくない、考えてもしようがない、という人が多いようです。そういうとき、スカッとするような強い表現や断定的な言い方に頼ってしまいがちです。大阪の橋下氏の人気などはその代表です。しかし、社会としても個人としても、地震対策のようにできる限り急がなくてはならないものと、一つ一つを着実に積み重ねていくものとを分けて、冷静に対処していくしかありません。この真冬の寒さの中でも、木々はひそかに春の準備をしているそうです。フキノトウは雪の下で芽吹き、竹林の土深くにはタケノコも育ち始めているといいます。いま起きていることの真実はだれにもわからず、絶対的な予測はだれもできません。だからこそ、見る・聴く・学ぶ・考える、そして一瞬一瞬、一事一事を冷静に判断するという“本来の勉強の意味”をもう一度考え直してみたいものです。こういう時代だからこそ知恵も生まれ、そこから“春への希望”も見渡せるような気がしています。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Feb 2012 20:55:14 +0900</pubDate>
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      <title>脱原発（２０１１年１２月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-37859/</link>
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      <description>今年最後の通信に、いまぼくが一番気にかかっていることを書くことにしました。大震災・大津波は史上最悪の天災の一つになりましたが、これからの社会と人間にとって原発の問題ほど大きなことはありません。福島原発事故の収束にまったくめどが立っていない中で“安全な原発”“エネルギー需要”“経済の活性化”のかけ声の中で、原発の輸出が進められ、既存原発の再稼動が試みられているからです。　人類を初めとする地球上生命の将来を考えると、放射線ほど無自覚のうちに害を与えるものはありません。だからこそ一度たりとも起こしてはいけないはずの事故をもう何度も起こしてしまいました。特に福島原発事故の真相は、土壌・水質・海洋汚染を含め、日本だけではなく将来の地球人にとってかなり深刻な事態のようです。　仮に、“稼動から完全廃炉になるまで絶対安全な原発”（推進派でも不可能と言う）ができたとしても、増え続ける放射性廃棄物の処理はできません。太陽に打ち込む・地球内部に沈める・・・などの案も危険で技術的に不可能なので、地表近くに埋め続けるという危険な方法を取るほかありません。　原発は核兵器開発の“種”にもなるものです。また、原発は、ぼくたちがこれまで受けてきた“ラク・トク・ベンリ”な生活の象徴のようなものです。だから、 “原発を捨てる”ことは、これまでの暮らし方や生き方を変えることにもつながります。　日々の糧に感謝し、お互いに支えあう社会は、ちょっとメンドーでちょっと不便かもしれませんが、とても温かく、心から安心できる社会でもあります。今度の大震災と原発事故が、そういう社会へと進むきっかけとなれば、被災された多くの人たちへのせめてもの鎮魂となるかもしれません。</description>
      <pubDate>Thu, 29 Dec 2011 12:59:14 +0900</pubDate>
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      <title>思考停止（２０１１年１１月２２日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-36221/</link>
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      <description>思考停止（考えるのメンドクサイ）の表れの一つに“思い込み”があります。ぼくも、年齢を重ねるごとに思い込むことが多くなり、頭が固くなっていることに気がつきます。しかし、これはどうも老人だけのことでもなさそうだな、と思えることがよくあります。　“フクシマ”というだけで、食料品はおろか精密機械や衣料品まで売れなくなっていると聞きます。逆に、“福島県外”というだけで、自分がいるところは安心安全だと考えて放射線汚染に無関心な人たちも多いようです。しかし、大事故を起こしたのが「福島第一原発」ではなく「大熊原発」という名前だったらどうでしょう。いわゆる“風評被害”の範囲が狭まったのか、それとも、無関心が広まったか、あるいは、個々別々に自分が口にするものや手にするもの、自分が住んでいる地域の実態に深い関心が払われるようになったでしょうか。　そう考えると、ほかの原発が“浜岡原発”“泊原発”などという名称であることが、今後起きるかもしれない事故への人々の意識にどんな影響があるでしょうか。　また、放射線汚染については、生涯被曝線量１００ミリシーベルトなどという“基準値”が広まっていますが、１００歳近い愛煙家がいるかと思えば、受動喫煙（喫煙者が出す煙を吸うこと）で若いうちに発ガンする人もいるのと同様に、個人差があります。低線量を被曝し続けることの恐さを指摘する専門家は多いようです。　思考停止は、“一般化”という表れ方をすることがあります。「子どもというのはみんな○○」「男なんて（女なんて）だれでも○○」「政治家は○○なもんさ」「勉強はイヤなものに決まっている」などなど、どれにも例外はいくらでもあるのに、このように言うことで、個別具体的に考えることを避けてしまうことが“一般化”という思考停止です。　思考停止は、判断を誤るだけでなく、人生を味気ないものにします。「人を殺すことは絶対悪」だと思っていても、死刑制度の存廃には考え込むでしょうし、当たり前の代表のような１＋１＝２だって、２進法や集合論を知ると新しい世界が見えてきます。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 22:02:38 +0900</pubDate>
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      <title>ターザン（２０１１年１０月２５日）</title>
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      <description>ターザンを知っていますか？ この通信にはそぐわないと考えましたが、このところぼくがワクワクしている本の一つです。「ターザン」は、映画やマンガにもなりましたが、エドガー・ライス・バロウズの原作は、たぶんそれらよりもずっとおもしろい。「生きるとは何か」「言語とはなにか」「豊かさとは何か」「極限状況の中の人間」「近代文明とはなにか」などのテーマもずっしりと含んだ、どちらかというと中学生以上の人向けの冒険ファンタジーです。     　この小説に初めて出会ったのは、お隣の家の物置でした。小学生だったぼくは、わが家にはない冒険小説がたくさん積んであるなかから次々と本を引き出して、西日を浴びながら読みふけっていたものです。「ターザン」はその中の一冊で西条八十訳のものでした。　　余談ですが、その当時、地域の子どもたちは、ほとんどの家に出入り自由で、そこのおじさんおばさんたちにかわいがられたり叱られたりしているのが日常の風景でした。　その後、映画は観たのですが、子どものときのあの原作のワクワク感からは遠いものでした。つい先日、図書館の蔵書を検索しているとき、ふと思い立って探してみると、春野図書館の書庫に一冊だけ「類猿人ターザン」がありました。借りて読んでいるうちに、あのころの感動とはちがうけれど、冒険娯楽小説のおもしろさはそのままに、文明社会や現代人に対する痛烈な風刺が効いていて、新鮮な感動のうちに一気に読み終わりました。　あらすじは、イギリスの貴族夫妻がアフリカの海岸に漂着し、生まれた子が１歳になったときに類人猿の一族にさらわれ、成人してジャングルの王者になる話です。亡き両親の小屋とは知らずに入り込んで、手探りで英語を身につけていくシーンは圧巻です。また、ジャングルの猛獣たちとの格闘や、文明社会との初めての出会いなど、もっと詳しく書きたいところですが、もう余白がありません。興味のある人は、ぜひ図書館で借りてみてください。そのうち古本でも探して手に入れるつもりでいます。</description>
      <pubDate>Thu, 27 Oct 2011 13:08:51 +0900</pubDate>
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      <title>閖上（ゆりあげ）（２０１１年９月２７日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-33264/</link>
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      <description>３月１１日、あの大震災があった日、ぼくとおばさんは強烈な揺れが収まって、家に異常がないことを確かめたあと、東北地方に大きな被害が出ているとのラジオニュースで、ふだんはめったに見ることのないテレビをつけました。　そこには画面の右から左に向かってぐんぐんと広がっていく大津波のすさまじい姿が映っていました。破壊されながら押し流される家々、海岸線と平行の道を逃げまどう車、もう「ああっ」ということばしか出ないまま、ぼうぜんと見つめていました。それから次々と画面が切り替わって各地の惨状が映り始め、ハッとわれにかえってテレビを消し、二人とも無言でした。その後、わが家のテレビに津波の映像が映ることはありませんでした。新聞とラジオで知る被害の大きさに改めて息を呑み、なにもできない自分が歯がゆい思いでした。　そして、あれからおよそ半年が経った先日、仙台の友人に案内されて、あのとき最初にわが家のテレビで見た名取市の閖上（ゆりあげ）地区を訪れました。何の被害もなかった自分が被災地に足を踏み入れることについて何度もためらいました。　商店街と住宅地が入り混じっていたという地区には、すっかり破壊された家が点在するだけで、だだっ広い荒地でした。その荒地の中に放置された車や船が無残な姿をさらし、遠くに瓦礫（がれき）の山がいくつも見え、そのガレキを運ぶトラックが行き交う、まさに荒涼とした風景が広がっていました。吹く風は寒々として、すべて流されてしまったコンクリートの土台にはもう生活の匂いはなく、かすかな潮の香りがするだけです。その土台の隅で小さな鉛活字をいくつか見つけました。老舗の印刷屋さんだったのかもしれません。この家の人たちは助かったのでしょうか。長い長い生活の営みが、あの日にプツンと終わってしまったことだけは確かです。そして、先日の台風１５号によって、あの地区につながる橋が押し流され、復興のための工事がすべてストップしていると聞きました。</description>
      <pubDate>Thu, 29 Sep 2011 13:07:07 +0900</pubDate>
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      <title>贔屓（２０１１年８月２７日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-31666/</link>
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      <description>今回のタイトルは、なにやら漢検一級に出題されそうな字ですが、「先生のえこひいき」や「ごひいきの芸能人は？」のあの「ひいき」です。辞書によると、本来は「ひき」と読むのだそうです。あまりよい意味では使われないことが多いのですが、ここでは、“贔屓ってすばらしい！”について書いてみます。　わが家では、野菜・肉・魚・加工食品など食料品のほとんどは個人商店で買っています。大震災の後買占めが続いて、いつも買っているものがなくなるのではないか、と心配しました。実際、ふだんは来たこともないお客がたくさん来たそうです。でも、常連さん（贔屓の客）の分はしっかり確保しておいてくれました。反面、野菜が取れすぎて値下がりしそうなときでも、高すぎて売れなくなったときでも、あるいは一部の品物が売れ残ってしまったときでも、贔屓の客はそれを買い支えています。　自転車なども、個人のお店で買ったものはいつまでも面倒を見てくれます。量販店で買った自転車を店に持ち込んであれこれクレームをつけたあげく、「金払うんだから、直してよ。」などと言う客は、すぐ帰ってもらうそうですが、これは当たり前のことです。　都市部では、大型店・量販店、そしてネットショップなどが増えてきて、個人商店はどんどん少なくなってきます。会話を交わすこともなく、安くて手軽に買い物をしたいという人が多くなっているからでしょう。しかし、地方の町村や東京の下町地域では、まだまだ顔も名前も見知ったおたがいの信頼関係（贔屓したりされたり）がベースになっているようです。アメリカでも、“パパズアンドママズショップ”と呼ばれる個人商店が健在だそうです。　塾もまた、「月謝払っているんだから・・・」とか「月謝さえもらえば・・・」という関係ではないおたがいに“ご贔屓の”関係でありつづけたいと考えているのです。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Aug 2011 18:57:49 +0900</pubDate>
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      <title>地デジ化（２０１１年７月２４日）</title>
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      <description>新聞やラジオでは、７月２４日でテレビのアナログ放送が終了し,地上デジタル放送だけになる、と繰り返し報道しています。思い返してみると、わが家にテレビ（もちろん白黒テレビ）が来たのは、昭和３１年（１９５６年）、ぼくが中１のときでした。学校から帰ってきて初めて見たテレビには、歌舞伎中継の一場面が映っていたのを思い出します。そのころは、午後になるとテレビ放送はお休みで、つけてもザアザアと砂嵐のような画面が映るだけでした。当時は放送局にもビデオなどないので、すべて生放送でした。出演者が歩く振動で壁？が倒れてきたり、なぜか全員の笑いが止まらなくなってしまったりして、そんなときは、画面に「しばらくお待ちください」と書かれたボードが差し出される、今では信じられないようなのんきなテレビでした。その時代でも、「テレビがこのまま行き渡っていくと、一億国民総白痴化（ものを考えなくなる意味）」と言った人がいます。彼（大宅壮一氏）が、現代のテレビから溢れ出す情報と毛穴まで見える精細カラーの画面とおまけに３Ｄまでみたら、絶句して卒倒してしまうかもしれません。そして、今回のアナログ放送終了後は“ザアザアと砂嵐のような画面”が映っているといいます。なんだか象徴的な現象です。　ところで、デジタル化されることでテレビが進化したかのように錯覚している人もいるようですが、　テレビがパソコンやスマートフォンと同等の媒体（メディア）になったというだけです。いずれテレビ番組を保存し編集することもできるようになれば、ネット上の無料配信と同じになり、テレビＣＭの効果がなくなるので、民放がどうなるかは見えています。ＮＨＫを観るためだけに受信料を払う人も少なくなるでしょう。そうなったとき、はたしてテレビという世界はどのようになり、さらには、テレビが映らなくなることが、まるで世界の終わりででもあるかのように騒いでいる人たちがどうするのでしょうか。そして、そうなったとき、これからの子どもたちが、自分の目で見、耳で聞き、肌で感じながらものごとを考えていくようになればなあ、とおじさんは密かに夢見ているのです。ラジオを聴こう！新聞を読もう！わが家はテレビを見る機会が少なく、去年暮れに買った地デジ対応テレビも扉の向こうに入ったままです。ホンネを言うと、おじさんも、もっとテレビ観たいなあ。</description>
      <pubDate>Tue, 26 Jul 2011 07:28:27 +0900</pubDate>
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      <title>将棋名人戦（２０１１年６月２３日）</title>
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      <description>小５のころから将棋のおもしろさに目覚め、中学では、休み時間や放課後に友だちや先生たちとよく指していました。子どもだったので、勝負に燃えるのは当然でしたが、それ以上に、持ち味の異なる８種類４０枚の敵味方の駒が繰り広げるスリリングな世界の奥深さに夢中になりました。好奇心があちこちに分散する性格なので、あまり強くはならなかったのにもかかわらず、大学に入ってからすぐに将棋部に入り、学生強豪たちの段違いの強さに圧倒されてすぐにやめた、という情けない経験があります。その後、指し将棋からはすっかり遠ざかってしまいましたが、華麗で味わい深い詰将棋は、どんなパズルも及ばない魅力があって、今でもぼくの最高の楽しみの一つです。　その将棋の最高位である名人戦の最終局が先ほど終わりました。１０歳のときに出会って以来３０年間、プロになってから２３年の間、ライバルとして闘ってきた羽生善治名人と森内俊之九段、ライバルというより最高の研究仲間とでも表現したい２人が全力を傾けて３勝３敗で迎えた第七局は、挑戦者森内九段が勝ち、４年ぶりに名人に返り咲きました。　“研究仲間”だと思うのは、二人が合意の上で「横歩取り」が三局「矢倉戦法」が三局と、それぞれ相手の得意戦法で戦っているところです。勝負というより、２人で最高の棋譜を残そうという強い意志が働いているのは、これまでのほとんどのタイトル戦と同様です。この２人だけではなく、少なくとも、相手のミスを誘って勝とうとするプロ棋士は、まったくいません。「相手のミスや自分の得意形に持ち込んでの勝利は、ほんとうの勝ちではない。いつでもおたがいに盤面最善手を重ねての勝負を求め続ける」。それが一流棋士としてのプライドであり、そこがまた将棋の魅力の一つです。このあたりは、八百長問題を引き起こした大相撲の力士たちとは、大いにちがうところですね。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 16:44:17 +0900</pubDate>
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      <title>正義って？（２０１１年５月２６日）</title>
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      <description>このところ、“正義”ってなんだろう、と考えることが多くなりました。大きな事故や悲惨な事件が続いたからかもしれません。そして、今回の大震災と原発事故・・・。それらの事件・事故の責任者が企業や官庁である場合には、記者会見で深々と頭を下げる幹部たちの姿が見られます。さらに、そこに声高に責任を追及する記者たちがいます。想定が甘かったり（原発はその典型です）、大切なことをうっかり見過ごした結果大きな被害を受けた人たちにとっては、許しがたいことです。そして、その事件・事故の原因を作った人たちは、自分の行動や判断を厳しく問い直さなければならないのは当然です。　本当の原因がどこにあったのか、どこで判断を誤ったのか、防ぐ手段はあったのか、などを冷静に追求することは、今後、同種の事件・事故を防ぐためにとても大切なことです。それでも・・・、ふと考えてしまうのです。こぶしを振り上げ、土下座することを要求し、罵声（ばせい）を浴びせる姿を見ると、人間の悲しさの別の面を見る思いがします。　ビン・ラディンを殺害したアメリカが、「正義は為された」と宣言しました。「正義のための戦い」という言葉も聞かれます。ちょっと違う気がする。いったい正義とはなんだろう。　ここで、アンパンマンの作者やなせたかしさんのことばを借りることにします。「正義って相手を倒すことじゃないんですよ。アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。だってバイキンマンはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。（中略）怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、怪獣との闘いで壊された街を復元しようと立ちあがる普通の人々がヒーローであり、正義なのです。」　そういえば、被災地の子どもたちが目を輝かせ、打ちひしがれていた大人たちの顔に初めて笑みがもどったのは、ラジオから『アンパンマンマーチ』が流れてきたときだということを聞きました。　“正義って？”　と問い続けることは、これからの時代を生き抜いていくために、とても大切なことのように思います。</description>
      <pubDate>Sun, 29 May 2011 17:17:11 +0900</pubDate>
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      <title>「ナージャの村」のこと（２０１１年４月２６日）</title>
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      <description>「ナージャの村」という映画の話をしましょう。これは、ベラルーシ共和国（白ロシア）ゴメリ州のドゥヂチ村に住む人々の日常を一年以上もいっしょに暮らして撮り続けた、本橋成一監督の初めての記録映画です。この映画は、本橋監督の人柄に魅了されたおじさんとおばさんが珍しく活動の中心となって、１３年前浦和で上映会を行い大盛況でした。　ナージャはこの村に住む当時８歳の少女の愛称で＜希望＞という意味です。映画は、村人の生活を、豊かな自然の季節ごとの移ろいとともに、息をのむような美しい映像で描いています。実際にドゥヂチ村に足を運んで構想を練った小室等の音楽も映画の気分をよくとらえています。　実は、この美しいドゥヂチ村は、１９８６年４月２６日、あの大事故を起こしたチェルノブイリ原発から１７０ｋｍ北にある放射能高濃度汚染地区（ホットスポット）で、強制移住、立ち入り禁止地区に指定されました。事故前は３００世帯もあった村に、６世帯１５人だけになっています。彼らは汚染されていることを知りながらも移住を拒否し、祖先の残した大地とともに、豊かな営みを続けています。　でもそんな悲劇の村であることを示すのは、ときどき映る村はずれのいくつかのゲートと、「危険地区」の表示だけです。映画にはどこにも声高な主張はないのに、事故の恐ろしさが伝わってきます。　原発の怖さについては、この通信でも何度か書いてきました。放射性物質による汚染は、核実験も含めて地球上に広がっています。人類の未来を考えると、これ以上決してあってはならないことだからです。しかし一方では、現代人がラク・トク・ベンリを追い求める限り、この一見クリーンで手軽そうで膨大な利益を生むエネルギー源はなかなか手放さないだろうな、とも半分あきらめていました。そして、少しずつの放射能汚染があったとしても、まさかこれほどの事故を、生きている間に目の当たりにするとは考えもしませんでした。その意味では、原発推進・脱原発を問わず、現代人はこの困難を乗り越える責任があるはずです。天災も人災も、起きてしまったことを冷静に分析し、悲劇を繰り返さないための知恵を出し合うことこそが、犠牲になった人たちに対する真の供養だと考えています。</description>
      <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 22:42:01 +0900</pubDate>
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      <title>恐れること・知ること・そして希望（２０１１年３月２２日）</title>
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      <description>地球の自転速度が上がるほどの破壊エネルギーが、ぼくたちの社会に戦後最悪の大災害をもたらしました。被災された人たちに対して、自分たちができることから始めていくしかありません。　それにしても、本来ならば、社会全体が被災者を支援し復興へのエネルギーを集中させるはずなのに、そのエネルギーを奪い、いつまで、という期限のない不安に突き落としている原発の事故は、人間の傲慢（ごうまん）と無知が招いた人災です。　見えないものへの恐怖はさまざまな不安を呼び、冷静な判断を失わせます。「ゆうれいの正体見たり枯れ尾花」という句があります。「こわい、こわい」と思って目をそらしていると、恐怖はどんどんふくらんでいきますが、正面からしっかり観察し、その正体を理解すると、仮にそれが多少危険なものであったとしても、対処のしかたがわかってきます。ニュースに出てくる「シーベルト・ベクレル・グレイ、そしてヨウ素・セシウム・・・・」などということばも、それが自分の住んでいる地域にどれだけあって、これからの生活にどのような影響があるのか、できるだけ正確に知る必要があります。物理学が専門だったおばさんのところには、最先端の研究者からのさまざまな情報が入っています。それらを元に、子どもたちの不安を軽くすることと危険を避けるために、できるだけのことをしたいと考えています。ただし、さまざまな計測値についての政府や東電あるいは自治体の発表を信じるほかないのがはがゆいところです。　そして、この大きな災難は、ぼくたちの社会の中に埋もれていた深い知恵や強い勇気を掘り起こし、必ず新しい希望の社会へとつなぐスタートになるものと信じています。</description>
      <pubDate>Wed, 23 Mar 2011 20:36:52 +0900</pubDate>
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      <title>ホームページ（２０１１年２月２２日）</title>
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      <description>この塾にホームページがあることを知らない人が、塾生やそのご家族にもいることに最近気がつきました。一方で、うれしいことに、「ホームページを見たので・・」と問い合わせてくださる方がときどきいます。　このホームページは、塾ＯＢのＹ君が塾の現状を心配してくれて、自分の関連会社に依頼して作ってくれたものです。作ってもらって言うのも申し訳ないのですが、基本フォームが企業塾や進学塾向けだったので、すこしでも“すずき学院”のイメージに近づくよう、そして、塾生だけでなく、塾のＯＢ・ＯＧたちへの情報発信・交流の場にもなるよう工夫したつもりです。　　まだ見てない人は、ぜひのぞいてみて下さい。どの項目も読んでほしいのですが、とくに、「よくある質問」には目を通してほしいものです。ずっと塾にいる人たちにとっても「へえー、そうなんだ。」と驚くことがあるかもしれません。この「教室通信」のエッセイも、５年前のものから載せています。それ以前のものも少しずつ取り込んでいく予定なので、ぜひ読んでみてください。また、ホームページ左側のメニューから入れる「浦和の隅から教育をのぞく」というコラムは、勉強について、学校について、塾について、社会についてなど、さまざまな事柄についてのぼく自身の考え方、塾のエピソードなど、６年間２６５回にわたって、さいたま商工会議所のポータルサイト“マイタウンさいたま”に連載したものです。双方向のエッセイだったので、学校や塾の先生たち、中高生、子どもを持つお父さんお母さん方、若者たちなど、いろいろな人たちからの書き込みもなかなか多彩で読み応えがあります。　この通信右上のタイトルのなかにあるのがＵＲＬですが、「すずき学院」と検索すればトップに表示されます。　</description>
      <pubDate>Sun, 27 Feb 2011 17:45:28 +0900</pubDate>
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      <title>スパッと決めてほしい？（２０１１年１月２５日）</title>
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      <description>「わかんな〜い」という子に問いかけながら説明していると、しっかり理解しているはずなのに、どこか納得できない表情をしていることがあります。ふだんは禁句にしているのですが、とうとう「どこがわからないの？」と聞くと、「結局答えはどうなるの？」と言います。「あそこまでわかっているのだから、答えはおまけか付録のようなものだよ。テストだってピッタリ同じ問題が出ることはほとんどないのだから、考えることが勉強の中心だよ」というと、やはり不満そうです。どうも、すっきりした結論と答えの保証？がほしいだけだったようです。 じつは、大人の社会でも“スッキリしたい”気分は多くなってきています。２００１年から５年間も政権を担当した小泉純一郎元首相が、「自民党をぶっ壊す」発言に始まるさまざまな“ワンフレーズ政治”で、国民から圧倒的な人気を得たのはその表れのひとつでした。考えてみれば、地域のしがらみが薄い大都会の首長たちの多く（石原慎太郎東京都知事・橋下徹大阪府知事・河村たかし前名古屋市長など）が、冷静な議論抜きの“わかりやすい結論”と強いことばを武器に高い支持率を誇っています。　しかし、外交も財政・経済も環境も地方行財政でさえも、さまざまな要因が複雑にからんでいて、とても一筋縄でいくものではありません。大きな方向だけを示して（現政権はここが不足？）、あとは状況や条件の変化に合わせて適切に調整していかなければならないはずなのに、「すぐに結論を出せ、具体策を示せ」と言うのは言葉だけはカッコいいけれど、独断的なリーダーを生み出し、取り返しのつかない方向に進みかねません。冒頭に書いた子どもたちの気分とこうした社会の風潮は、「スパッと決めてほしい」「早くスッキリしたい」という点で重なっているような気がします。“考えること”“地道に取り組むこと”“冷静に問い続けること”というエネルギーを失いかけていることの表れでなければよいのですが・・・。　この通信では珍しく政治的な問題に立ち入ってしまいました。これは、「子どもたちにとっては、じっくり考えることで、その場限りではない安定した学力をつけてほしいし、社会に対しては、冷静な議論と複眼的な見方を大切にして、相互信頼社会を築いていってほしい」という、おじさんのつぶやきです。</description>
      <pubDate>Sun, 19 Jun 2011 19:13:00 +0900</pubDate>
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      <title>少年法（２０１０年１２月２２日）</title>
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      <description>３人を殺傷した少年（犯行時１８歳）に対して、先月末に裁判員裁判で死刑の判決が出ました。このことについて、新聞にはさまざまな意見が書かれています。　ちょっと難しいかもしれませんが、ここで少年法第１条を書き出してみます。「この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする」　多くの人々は、少年法をいわゆる“非行少年”以外には関係のないものと見ているようです。法律家のなかにもそのように考えている人が少なからずいます。ここで、太字にしてある“少年”とは、２０歳に満たないすべての国民を意味しています。つまり、「あなたがたはわたしたちの社会の中で、２０歳になるまではさまざまな保護の対象となっています。仮に、犯罪行為をしてしまったとしても、審判を公開しない（２２条）、本人であることを推定できる記事・写真は公開されない（６１条）など、社会の一員として成長するまでの猶予（ゆうよ）があります。未成年であるうちに、自分自身を抑制し、自分の行為に責任を持つことができるようにしてください。」というメッセージを、主権者である（成人）国民から発しているものです。そして、その結果として社会防衛の機能も果たしています。旧少年法は、けっして“非行少年の人権を護る”ための法律ではありませんでした。　しかし、３年前、「少年の凶悪犯罪が増加している」「成長が早い現代の少年には被害者感情の上でも厳罰を科すべきだ」などという誤解と偏見から、少年法は大幅に“改正”されました。この“改正”でも、第１条は変わっていないので、社会全体で、上に書いたようなメッセージを大切にしていきたいものです。ぼくが言いたいことのごく一部だけを書きました。</description>
      <pubDate>Sun, 26 Dec 2010 19:36:13 +0900</pubDate>
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      <title>自転車（２０１０年１１月２４日）</title>
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      <description>今年の春ごろからサイクリングにハマっています。ぼくにとっては、たぶんこれが最後に覚える遊びで、そのために手に入れたランドナーと呼ばれる“旅自転車”がぼくの最後のおもちゃになると思います。　ランドナーというのは、もう２０年も前に急速に廃れていったサイクリング車のなかの絶滅危惧種だそうです。大ベテランのサイクリストでもある近所の自転車屋さんのおすすめで、初心者用のランドナーを組んでもらいました。　その自転車で、往復１００ｋｍを超す日帰りサイクリングや、分解して袋に入れる、いわゆる輪行で新前橋まで行き、そこから家まで帰ってくるなど、存分に楽しんでいます。前方２，３０ｍ先を見つめながら黙々と走ることがほとんどですが、さまざまに移り変わる自然や町の風景に感動したり、サイクリングロード（ＣＲ）で出会う人たちや畑仕事をしている人たちと一期一会（いちごいちえ）の挨拶やことばをかわすのも楽しみです。　ぼくのランドナーは、見渡す限り人も自転車もいないＣＲをのぞいては、ほぼママチャリ並みのスピードで走っているのですが、自転車乗りのなかにも、ＣＲを散歩している人たちの中にも、まったく挨拶をしないだけでなく、いきなりすごいスピードで追い抜いていったり、道幅いっぱいに広がって歩く集団もいます。　特にサイクリングロードまでの往復の街中では、ケータイを操り、右側を走り、さらに暗くなっても無灯火で走る自転車を見かけます。これらが違法であるばかりでなく、どれだけ危険なことかを、見かけるたびにやわらかい表現で伝えることにしています。さらに、このような状態で、万一事故にあった場合、被害者であればほとんど賠償も請求できないし、逆に、加害者にでもなれば、莫大な賠償金を請求されることを、せめて塾の子どもたちには、しっかり知っておいてほしいと思います。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Dec 2010 22:34:37 +0900</pubDate>
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      <title>音楽の話（２０１０年１０月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-17497/</link>
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      <description>「おじさん、iPodほしいって言ってたよね。iPhone買ったから、わたしのiPodプレゼントするよ。」と、長い就活の末に志望の会社に内定できた報告に訪れたＭちゃん。さっそくＣＤコレクションの中から散歩のときなどに聴きたいものをたくさん入れてみました。　幼いころから柄にもなく（？）音楽が好きだったぼくは、近所にあったバイオリン教室から流れてくる音楽に耳を傾けるのが大好きでした。子どものころにかなわなかった夢を果たそうと５０歳近くになってからクラシックギターに挑戦しましたが、自分の頭の中に響く音楽と自分の指が出す音のギャップの大きさに負けて、６年ほどであきらめてしまいました。年齢を重ねて、最近は気持ちのゆとりが出てきたような気がするので、またギターに触ってみようかな、と考えています。　メッセージ性の強い音楽はあまり好きではないので、iPodに入れてある音楽も、モーツァルト　バロックを初めとするクラシック音楽が中心ですが、　実はジャズやミュージカルも入っています。音楽好きの人たちにはちょっと敬遠される演歌や歌謡曲の中にも好きなものがあります。これからは、さらにシャンソン・カンツォーネなどの世界の民謡や日本民謡、童謡、長唄、端唄、小唄、都々逸なども入れていければ、と考えています。ほとんどの音楽は、人の心のひだに分け入り、言葉では伝えきれない思いを伝えています。ぼくが好きな音楽に共通していることがあります。それは、無音の瞬間があることです。瞬時の無音の中に無限の時空を感じるからかもしれません。その意味では、音楽のジャンルで唯一苦手なのが、ロックミュージックに代表される現代の音楽群です。いつも追い立てられるような現代だからこそ、無音の瞬間は無意味であると感じるのでしょうか。この現代音楽食わず嫌いのぼくに、お薦めの音楽があったら、どなたか教えていただきたいと思います。</description>
      <pubDate>Thu, 28 Oct 2010 18:07:25 +0900</pubDate>
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      <title>食べるということ（２０１０年９月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-16201/</link>
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      <description>“天高く馬肥ゆる秋”ということばがあります。まさに“食欲の秋”がやってきます。食べることが大好きなおじさんとおばさんにとっても、舌が躍（おど）り喉（のど）が鳴る季節です。　ところで、「食べていけるようになった」「こんな給料じゃ食っていけない」「食い扶持（ぶち）を稼（かせ）ぐ」「他人の飯を食う」など、食べることについての修辞はたくさんあります。これらは、昔々の食糧難の時代は文字通りの切実な意味を持っていましたが、現代では、比喩的に“生きること・生活すること”の意味で使われます。しかし、現代でも、生活の中のあらゆる営みの中で、“食べること”が最も大切なことであるのは変わりないはずです。　ところが、ほとんどの人にとって“食べたいときにはいつでも食べることができる”現代では、グルメなど“遊び化し趣味化した食”か、シリアルなど“とりあえず腹を満たす食”、サプリメントなど“とりあえずの栄養補給食”はあっても、“日常的に体を養い・気を養い・命をつなぐ食”（これこそが“食べること”！）への切実さはどんどん失われているように思います。　子どもたちにとっての勉強や、社会人としての仕事はもちろん大切ですが、“食べること”をおろそかにしたり犠牲にしては、勉強も仕事も思うようにいきません。勉強や仕事は生活の一部だったり人生の一時期ですが、“食べること”は、まさに人生のすべてです。　「忙しい、ほかにお金がかかることが多い」という理由で、　“ふだんはテキトーに腹を満たし、とりあえず栄養補給し、たまに外食グルメ”という家庭が増えている、という話を聞きました。　それぞれの家庭によって、おしゃれ・教育・便利生活・・・何を大切にするかの価値観はちがって当然ですが、仮に、この不況の中にあっても、事業仕分けならぬ“家計仕分け”の作業では“食べること”は、最後の最後まで仕分けの対象になってほしくはありません。</description>
      <pubDate>Mon, 27 Sep 2010 23:36:33 +0900</pubDate>
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      <title>ヒヨドリ（２０１０年８月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-15090/</link>
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      <description>　先日、「ピーヨピーヨ」と鋭い声でおなじみのヒヨドリが騒いでいるのが聞こえました。いつものことだなあ、と思っていたら、おばさんが「ちょっとちょっと」と呼びます。ぼくからはよく見えないのですが、電線に止まったヒナにエサをやっているようです。ヒナの「ピーピー」という鳴き声が聞こえます。ここまではよくあるわが庭の風物詩です。　翌日は、朝から親ヒヨドリの鳴き声が一段と激しく、どうやらヒナを探しているようすです。鳥たちが大好きなおばさんも、気になっているようで時々外を見ています。夕方近くになっても親鳥の声がやみません。庭の隅にでも落ちているのかなとぼんやり考えていると、おばさんの「そんなところであんたどうするのー」という叫び声が聞こえたので外に出てみると、外水道の流しのところに小さな黒い塊のようなヒナが乗っているではありませんか。　まわりには蚊の大群が乱舞、上のほうでは親鳥が騒いでいる中で、キョトキョトと不安そうに見回しながら、小さな声で「ピーピー」といっています。　親鳥は、必死になって探し回る自分の声のために、ヒナのその小さな声が聞こえないようです。聞こえたとしてもヒナをくわえて行くことはできないし、ぼくたちの手で親が見えるところに移したのでは親はあきらめてしまいます。　しばらくすると、ようやく気がついたらしい親鳥が、少しずつ少しずつ高いところにヒナを誘導しているようです。そして、きょうはとうとうキンモクセイの上のほうでエサをもらっているヒナの姿が見られました。ヒヨドリは、卵から孵化して１０日ほどで巣立ちをするそうなので、ぼくたちが見かけたのは、ちょうどその時期のヒナのようです。そして、２ヶ月ほどで成鳥になって、半年も経たないうちに親になります。ヒナを育て・保護することは、鳥たちにとっては生きることそのものにほかなりません。　ときどき育児放棄のニュースが流れます。人間と関わるようになった動物の中にも育児放棄が見られることがあると言います。人類は、その“進化の歴史”のなかで、何を失ったのでしょうか。　ヒヨドリ親子を見ながら、ふとそんなことを考えました。　</description>
      <pubDate>Tue, 31 Aug 2010 21:37:00 +0900</pubDate>
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      <title>戦争のほんとうの恐さ（２０１０年７月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-13891/</link>
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      <description>今年の８月１５日は、６５回目の終戦記念日です。新聞でもラジオでも、さまざまな人たちが平和の大切さ、戦争の悲惨さを説いています。過去の戦争や今でも世界各地で起こっている戦争の体験者（犠牲者）たちの話は、ぼくたちに平和の大切さを教えてくれます。　それはそれでとても意義のあることですが、戦争をしていた時代の人たちも、現在戦争をしている人たちも、ほとんどが心の底では「死ぬのはイヤだ。早く平和になってほしい。」と願っていたはずです。それでも戦争は起きました。塾の本棚に「妹たちのかがり火」（仁木悦子編）という本があります。この本の中に、「虫も殺せないほどやさしかった兄さんが、初めのうちは上官の命令で震えながら目をつむって捕虜を殺していたのに、次第に “大根を切るように”次々と切っていく“勇猛な帝国陸軍兵士”になったことを誇らしげに手紙に書いてくるようになる話」があります。こういう話こそ、戦争のほんとうの恐ろしさを表しているように思えます。日本各地で大規模な空爆を繰り返し、広島・長崎に原爆を投下した米軍兵士も、中国や朝鮮半島各地で身の毛もよだつような残虐な事件を起こした日本軍兵士も、引き揚げ途中の日本人家族を襲ったソ連軍兵士も、そして最近では、各地でテロを繰り返すアルカイーダの人たちも、イラクやアフガンで一般市民を銃撃する米軍兵士も、その多くは、故郷では善良な市民であり家族への温かい気持ちを持ったパパや兄であるはずです。その上、近代のどの戦争の指導者たちも鬼や悪魔ではありません。彼らの多くもまた“国民のため”“正義を実現するため”と信じていました。そして戦争は起きました。なぜ、そんなことになったのでしょう。どうしたら戦争を避けることができるでしょう。そして、わたしたちの社会は、いつから戦争への道（それは平和に見える今の日常の中にある）を歩き始めるのでしょう。戦争を憎み平和を祈る心も大切ですが、世界中の一人一人がその“なぜ”を深く考えることこそ、戦争の悲惨を繰り返さない大きな力になるのではないか、とぼくは考えています。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Jul 2010 22:38:09 +0900</pubDate>
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      <title>ワールドカップ（２０１０年６月２６日）</title>
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      <description>サッカーのワールドカップが盛り上がっていますね。ぼく自身は中学時代にサッカー部に所属し、伯父や弟が、かつて国内トップレベルのサッカー選手だったこともあって、もう半世紀以上サッカーを見続けてきました。ほんとうはピッチ全体を見渡せるスタンドでゲームの熱気を感じながらの観戦がベストであるはずなのですが、Ｊリーグが始まりサッカー人気が高まってくるころからは、もっぱらテレビ観戦がほとんどになっていました。　「日本が一次予選突破」という“快挙”に、新聞やテレビが先頭に立って国中大騒ぎのような事態に、サッカー好きなのにもかかわらずどこか気分が乗らないまま、さきほど、楽しみにしていたブラジルvsポルトガルを観ました。個人技の素晴らしさが取り上げられる両チームですが、視野の広さ、詰めの速さ、緩急のリズムの切り替え、球際の強さ、どれをとっても最高の試合でした。解説者が「ミスが多い」と言っていましたが、それはおたがいにパスやシュートのコースを巧妙につぶし合い、相手選手のマークとゲームの読みが厳しく的確だからであって、一発華麗な技が決まりにくいのは、それだけ高度なゲームであるからです。久しぶりのサッカーの醍醐味に酔うことができました。　日本も見事な戦いぶりですが、残念ながら、この両チームとはサッカーのレベルが違うようです。デンマーク戦でもわかるように、サッカーは一瞬の攻防で思わぬことが起きるので、パラグアイを破ることがあるかもしれませんが、次にこのポルトガルかスペインが待っていることを考えると、岡田監督が公言したベスト４に進むのは奇跡に近いことかもしれません。　にわかサッカーファンの中には、ゴールシーンや試合結果だけに一喜一憂する人もいるようです。そういうなかで、「日本優勝！を叫ばなければ“非国民”」であるかのような風潮をちょっと心配しながらも、世界最高のサッカーの奥深さを楽しむつもりです。　</description>
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 11:00:35 +0900</pubDate>
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      <title>もうすこしがんばるぞ〜！（２０１０年５月２５日）</title>
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      <description>現在の北浦和公園の場所には、旧制浦和高校（後に埼玉大学）がありました。ぼくの祖父がその高校生たちの下宿として建てたのが現在の塾の家です。それから８０数年、ご近所のなつかしいお家はみなすっかり新しくなりました。玄関の上がり框も、細長い一枚板を使った廊下も、手作りの板ガラスを入れた杉板の腰付引き戸も、腰板つき額入り障子も、今ではなかなか見られない古い民家の名残があって、生まれ育ったこのボロ家に愛着を感じてきました。今どきの家とちがってブルトーザーで引っ張ってもなかなか倒れない、と言われたのをいいことに、すこしの増築と改修でなんとかしのいできました。　ところが、１０数年前、北側のマンション建築工事などの影響もあり、さすがに傾きがひどく、冬のすきま風だけでなく、大きな地震のときにわが家だけ倒壊（!?）などということのないよう、土台から直してもらうことになりました。古い家の改修は計算通りにはいかないのだそうで、全体のバランスと強度を調整しながらの難工事に、昔かたぎの棟梁（かしら）とその弟子の若者が真剣に取り組んでいます。現在、塾の教室はほぼ終わり、この後は奥の部屋の工事、そしてコピー機がある部屋の床工事と続きます。なにしろ、長い年月に積もった埃（ほこり）と古い建材と闘い、前の道が狭いので、車が来るたびに仕事を中断して軽トラックを移動、そして塾が始まる１時間前には床を元通りにして工事を切り上げてくれます。その上、雨の日は材料の搬入ができないのでお休みと、なかなか工事が進まないのも当然ですが、遅くとも６月いっぱいには完了の予定です。　この工事が終わると、足元が寒くてこごえることも、丸いエンピツが転がることもほとんどなくなるはずです。なによりも、地震などで家が壊れる危険性がぐっと少なくなるのが、子どもを預かる身としてはうれしいことです。　この先、塾を何年続けるかわかりませんが、教室という容れ物がリニューアルするのだから、おじさん・おばさんも、長い経験を新鮮な気持ちに乗せて、心機一転がんばるぞ〜。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 10:06:28 +0900</pubDate>
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      <title>あるものは使う？（２０１０年４月２４日）</title>
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      <description>浦和駅の地下通路付近で人を待っていたときのことです。エレベーターのところで２人の中年女性が話している声が耳に入りました。「あら、エレベーターがあるのならこれで行きましょうよ。」「でも、階段を上ればすぐなのだから・・・」「あるものは使うのが当たり前でしょ」２人がエレベーターでプラットホームに上がっていったあと、ぼくは考え込んでしまいました。その少し前にも、健康そうに見える高校生の男の子たちが、広い階段がそばにあるにもかかわらず、エスカレーターのベルトにもたれかかるようにして上がっているのを目にしたばかりだったからです。彼らも、さきほどの中年女性たちと同じように、「エスカレーターがあるのだから・・」と考えていたのかもしれません。そういえば、教室のエアコンの温度設定を、夏は凍えるほど寒く、冬は汗をかくほど暑くなるようにしてしまう高校の話を聞いたことがあります。これも「あるものは使う」ことなのでしょうか。そうかと思えば、黒板もよく見えないのに持っているメガネをかけない生徒や、ライトが点くはずなのに自転車の無灯火運転をする人がいます。「あるものは使う」「あるのに使わない」という、この一見相反する２つの現象の共通点は、“ラク・トク・ベンリ”でしょうか。一方、便利なパソコンを使わずに手書きで原稿を書く人、パッと調べられる電子辞書ではなく紙辞書を引く人、電子レンジなどを使わずにガスの炎で調理をする人などは、決して“へそ曲がり”で使わないのでなく、それぞれの理由をもっています。「あるものは使う」という習慣がなにかを失うことにつながることもあります。人間の五感（視聴嗅味触）も筋力も考える力も、使わないことでどんどん衰えていきます。核兵器などの大量殺戮兵器や軍隊などを「あるものは使おう」ということになりませんように。５月３日の憲法記念日を前にして、深く考えてみたいものです。</description>
      <pubDate>Sun, 25 Apr 2010 20:09:40 +0900</pubDate>
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      <title>６５５０万年前（２０１０年３月１３日）</title>
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      <description>今月初めの新聞に、「恐竜絶滅原因に結論」という記事が出ました。学説としては、３０年近く前にすでに聞いていた話です。内容は「６５５０万年前（中生代と新生代のＫ−Ｔ境界）、直径１０ｋｍほどの小惑星が、現在のメキシコ付近に衝突した。衝突速度は２０ｋｍ/秒、エネルギーは原爆の１０億倍、衝突地点付近の地震の規模はＭ１１以上、津波の高さ３００ｍ以上、大量のちりが、何十年も全地球上から太陽光を奪った。」というものです。　この衝突の影響で、恐竜をはじめ地球上の多くの生物が絶滅し、わずかな種類の生物だけが生き延びました。これよりさらに約２億年前、古生代と中生代の境であるＰ−Ｔ境界といわれる時代には、超大陸バンゲアが分裂して地球上のほとんどの生物が絶滅したというのが定説のようです。地球の年齢４６億年を１年とみる地球カレンダーでみると、生命誕生が２月半ば、Ｐ−Ｔ境界は１２月１５日の明け方、恐竜絶滅のＫ−Ｔ境界は１２月２６日の夜、さらに、ぼくたちの直接の祖先である現生人類にいたっては、なんと、あと３分〜５分で除夜の鐘（現代）という時間に出現したことになります。Ｐ−Ｔ境界、Ｋ−Ｔ境界などの生物大量絶滅がなければ、現在とはまったく異なる地球の光景があったはずです。　何千度ものマグマオーシャンにおおわれていた初期から緑におおわれる現代の地球まで、地球はさまざまな変化をしてきました。それらは、すべてその時々の自然環境でした。一方、６５５０万年前に絶滅を逃れた生物たちがさまざまに進化していまの生物界を作り、人類もその一部です。生命は、地球環境の激変をくぐってきました。つまり、ぼくたちは何度も種の絶滅の危機を乗り越えてきた生命たちの子孫です。“地球環境を守る”というのは、ぼくたちとその子孫たちがこの地球上に生きつづけることができる知恵を持つことなのだと、このニュースを読んであらためて思ったものです。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Apr 2010 20:25:27 +0900</pubDate>
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      <title>昴（すばる）（２０１０年２月２４日）</title>
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      <description>今ごろの季節、よく晴れた日の夜、ちょうど中学生たちが塾から帰るころ、天頂よりすこし西よりのところにオリオンの三ツ星が見えます。その三ツ星のならびに沿って西の方に目を移すと、カップの形のような星の集まりがあります。小さな望遠鏡で見ると、青白く夢のように輝いている若い星の集団であることがわかります。これがプレアデス星団です。　日本では古くから昴（すばる）と呼ばれ、玉飾りの形に見られたようです。清少納言も「星はすばる・・・」（枕草子239段）と星の第一に数え、さまざまな伝説や、農業の種まきの目安としても親しまれたようです。お父さんお母さんの世代には、谷村新司の歌や車の名前としてもおなじみであるはずです。　上にはこうこうと輝く大きな月と赤くあやしく輝く火星、この２つはこの時期の夜空でひときわ目立ちます。月や火星は太陽の光を受け、その光を反射して輝いています。しかし、その夜空にあって、小さな「すばる」の仲間たちは、お互いの位置をしっかりと守りながら、それぞれが独立した恒星として自分自身の光を宇宙空間に放っています。　子どもたちもまた「すばる」であってほしい、一人一人の存在は小さくても、ひとりひとりが自分自身の光で輝き、おたがいを大切にし認め合える人間であってほしいと思うのです。	（この文は約２０年ほど前に書いたものです。ひさしぶりに「すばる」をながめながら、現在の塾の子どもたちにも“すばる”への思いを伝えたくて、ちょっと手直しをしてから再掲しました。挿絵は、おばさんが模写をしたものです。）</description>
      <pubDate>Wed, 24 Feb 2010 13:44:01 +0900</pubDate>
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      <title>加減（２０１０年１月２５日）</title>
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      <description>気がついている人もいると思いますが、実のところ、ぼくは、加減（足し算引き算）がやや苦手です。大好きだった祖母（明治１６年生）は、読み書きさえ不自由なのに、おそろしいくらい暗算が得意で、珠算よりも速く正確でした。いま思い返すと、いわゆる“インド式計算”に近いものだったような気がします。すぐそばにすごい人がいると、モチベーションが下がるもので、小学校時代は図形や文章題は好きなのに、計算問題となるとよくミスをしていました。中学生になって、算数から“数学”になってホッとした記憶があります。ごちゃごちゃした計算が少なくなったからです。しかし、数学のミスといえば、その後もほとんど“加減”がからむものでした。とくに４や６が出てくるとアブナイのです。ここだけの余談ですが、数学得意のおばさんは、数字に“円”がついたとたんに計算がとても遅くなります。　“加減”といえば、風呂（ふろ）の水加減、湯加減、料理などの味加減、塩加減、火加減、それに茶道で使うお服加減などということばがあります。さらに、薬の調合や手仕事から転じた匙（さじ）加減、手加減など、なんともいえない微妙な人間関係の程度をあらわすものもあります。　現実の生活の中でも、面積や配分など、どこか理屈っぽくて大きな動きの乗除（かけ算・割り算）とちがって、加減には、むかしの商人の掛け合いのように、足したり引いてみたりしながら、ほどよいあたりの結論を導き出す、というイメージがあります。　“好い加減”は、常に微妙に変化する条件を的確につかんで判断するための人間の知恵を示していてぼくが好きな言葉のひとつです。“好い加減”を見つけるには多くの経験と深い知恵が必要なはずですが、最近では“不真面目（ふまじめ）”と近い否定的な意味で、“イーカゲン”などと使われることが多いようです。細かい思考の積み重ねを避け、すっきりと一刀両断の結論を求める“マニュアル社会”“思考停止社会”が進んでいるのではないか、と“加減苦手人間”であることを棚に上げて、ひそかに心配しているおじさんです。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Feb 2010 23:06:08 +0900</pubDate>
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      <title>ルール（２００９年１２月２１日）</title>
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      <description>　幼稚園の先生がお母さんたちに向かって、こんなことを言っていました。「ルールを決めて遊んでいると、おもしろがってルールを破る子、こっそりズルをする子、きっちりとルールを守る子、いろいろな子がいます。ルールを守らない子に対して『ルールを守ったほうが遊びはおもしろいんだよ。』と言うと、『ママがね、遊びでも勝たなくちゃダメ、って言ってたよ。』と言う子がいました。勝っても負けても遊びを楽しめるように言い聞かせてください。」　この話を聞いた同じ日に、高速道路のＥＴＣ破り？が増えている、というニュースを耳にしました。それによると、スピードを落とさずに突っ込んでゲートを壊して通過する者や、先行車との車間をぎりぎりに詰めていっしょに通過する車があるということです。高速料金が大幅に値下げされている時代でも、いや、案外安くなったからこそやりたがる者が出てきたのかもしれません。しかし、これはルール違反というよりも犯罪ですね。　政府が「天皇会見の一ヶ月ルール」というのを破ったことが、最近話題になりましたね。ぼくも、若いころは、納得ができないルールをあえて無視したこともありましたが、将来の世代への影響まで考えてルールに対処（作る・守る・変える）するのは、大人世代の責任です。　ルールは、遊びや社会活動・仕事など、グループ（子ども集団から国際社会まで）がスムーズに働くための知恵ですね。ルールは人を規制するもののように思われていますが、じつは自由を保障するためのものでもあります。俳句に代表される定型詩もルールがあってこそ表現に深みが増すような気がします。　ただ、そのグループを作っている一人一人が納得のできるルールを作ることのむずかしさは、人間社会のむずかしさそのものでもありそうです。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Dec 2009 21:18:23 +0900</pubDate>
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      <title>社会の変化?老人になった？（２００９年１１月２３日）</title>
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      <description>子どものころは、自分の親以外の大人たちによく叱られたものです。「なまいきだ」「挨拶がなっていない」「○○はこうするもんだ。そんなことも知らないのか？」などなど。それは、近所や親戚の爺さん婆さん学校の先生たち、あるいは通りすがりの見知らぬおじさんなどでした。今では信じられないことですが、いきなり殴られたことさえあります。もう半世紀以上も前のことなので、そのほとんどの人たちは、すでにこの世の人ではないはずです。　やがて、自分自身がその大人たちの年代になってみると、若者たちのことだけではなく、身の回りの日常の中に「？」と思うことが多くなってきました。　家の前の道路を、ご近所の９４歳のＫさんと毎朝掃除していますが、タバコの吸いがらや犬のフン、空きカンなどのゴミ、タンやツバの吐き捨て、などはいつまでもなくなりません。この狭い道を一方通行の逆走をする車が何台もあります。表通りに出ると、右側をすごいスピードで走る自転車、小さな子どもを乗せているのに後も確認せずに斜め横断するお母さん、くわえタバコやケータイ片手に走る車や自転車も後を絶ちません。　こういうことは、昔の大人たちが嘆いていたような道徳やしつけの不足というより、危険性や周囲が困ることについての“想像力”が不足しているのだと思えてなりません。　道路のゴミやタンツバなどがいずれ埃（ほこり）になって人が吸い込むことや、自分の行動の結果、車や自転車がどのような危険を生むのかなどの“想像力”をもてない人が多いのかなあ、と考えていると、ある若者から、「そんなこと考えていたら生きていけないよう」。という声が返ってきました。でも、そういう“想像力”がないと生き延びていくのが大変だよ、と力なくつぶやいています。理不尽で横暴だったけれど、毅然としていた昔の大人たちがふと懐かしくなります。　こんなことを考えているおじさんは、やっぱり“おじいさん”になってきたのでしょうか。</description>
      <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 19:00:52 +0900</pubDate>
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      <title>闇（やみ）・空白・無音（２００９年１０月２３日）</title>
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      <description>今月のタイトルに並んでいる３つのことがらは、かつてはぼくたちの周りにあたりまえのようにあったものです。漆黒（しっこく）の闇、なにもない空間や時間、静まり返った時間、多くの現代人、とくに子どもたちは、「こわ〜い！」と言いますね。しかし、現代でも大自然の中に入っていけば、闇も空白も無音も当然のように存在するものです。そして、自然の中で暗闇や空白や無音のなかに身をおくとき、ぼくは、なぜかホッとします。この塾は、もともと築８０年近い大古住宅なので、　わけのわからない空間がたくさんあります。教室の中央に柱があったり、階段が２つあったり、縁の下にはいろいろなものが見えたり、変なところに窓があったり、子どもたちにとっては｢千と千尋の神隠し｣に近い感じのようです。すべてきっちりと作られた空間で満たされ、光が届かない場所などほとんどない現代の住居とはずいぶん違います。ぼくは音楽が好きですが、ぎっしりと音がつまった音楽は苦手で、音と音の間の無音の中に無限の思いを感じることがあります。無音は、音楽の予兆であったり余韻であったりもします。教室が一瞬シーンとなることがありますが、そんなとき、子どもたちは「こわーい、かえっておちつかない」と言います。人はだれでも、影の部分やなにもない時間が必要なのではないでしょうか。ぼくは、それがあるからこそ、人は安心して生きられるのではないかなあと考えています。現代は、すべてを＜意味のある時間や意味のある空間＞で満たそうとしています。子どもたちの事件がおきると、＜心の闇＞＜心の空白＞などという見出しが躍ります。闇も空白も無音もあっていいはずのものです。それをムリに照らし出そうとしたり埋めようとしたりするところに、現代人の＜不安＞を増幅させる原因があるのではないかと考えるのです。昔はよかった、昔にもどれ、と言いたいのではありません。ラクでトクでベンリで効率だけを追い求める生活から、ちょっと立ち止まって、ちょっと手間ひまをかけ、ちょっとゆったりと過ごすことで、いわれのない不安から少しは解放されるのではないだろうか、などと考えるレトロおじさんでした。</description>
      <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 17:49:09 +0900</pubDate>
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      <title>目と手とアタマ？（２００９年９月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-3324/</link>
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      <description>目と手とアタマ？　　　　“５０の手習い”で始めて６年間、ギター教室に通いました。「何度言ったらわかるの？」と先生に叱られながら、思うようにならない自分のアタマと指の連携に苦しんだものです。「アタマではわかっているつもりですが、運指がそのようにならないんです。」と言うと、先生に「それは、ちゃんとわかっていないということだ。」と指摘されて、なんとなくすっきりしない気持ちになった記憶があります。この経験から、学校や塾で同じようなことを言われている子どもたちが、「ちょっとまちがえただけ、わかっていたんだけど・・」と言いたくなる気分も理解できたようです。　ギターをやめてから今年で１０年、当時、現代の名工といわれた人に作ってもらった貴重なギターを眠らせておくのは申し訳ないと、最近また練習を再開しました。中級程度まで到達していたはずが、まったく音が出ません。そこで、まさに初歩の初歩から再出発することにしました。すると、完全にゼロにもどったわけではないので、なんとなく弾けてしまうのです。しかし、よくよく確認すると、楽譜の見落としがあったり、運指法がちがっていたり、決められた音符の長さを守っていなかったり、というミスがたくさんあることに気がつきました。先生に指摘されていたことはこういうことだったのだ、と思い出したものです。そこで、曲を弾くことより先に、音の一つ一つについて、譜面を目で確認し、運指と弾弦のタイミングを考えながら始めてみました。すると、ミスはどんどん少なくなって、あとは音が自然につながるように練習するだけになってきました。　課題に取り組むとき、問題を解くとき、目で確認したことをアタマにしっかりと伝えて、それを確実にエンピツを持つ手に伝える、つまり「目と手とアタマを連動させるようにやってごらん」というのは、その「わかっているはずなのにまちがえる」ことを少しでも防ぐためのおじさんなりの実感なのです。</description>
      <pubDate>Mon, 28 Sep 2009 08:48:35 +0900</pubDate>
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      <title>暮らしやすさとネット通販（２００９年８月２５日）</title>
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      <description>親しくしていたアメリカ人青年、J君の結婚式の招待状が舞い込みました。双方の親兄弟たちのなかにあってただ二人、一歩も海外に出たことがないのが自慢？のぼくたちなので、いい機会かなと思ったものです。しかし、１週間の不在は当然ムリなので、お祝いの品を送ろうと、ネットでいろいろ調べてみました。　考えていたものにぴったりの品が見つかり、ネット上でもかなり詳しい説明があり、拡大画像も出ていました。ちょうど忙しい時期でもあるし、なんといっても手軽なので、さっそく注文しようとしたところ、おばさんから「やはり、現物を見てみないとわからないから」との反対がありました。手仕事や美術品についてのおばさんの目利きには、日頃から一目措いているので、二人で都内の店に出かけました。すると、ベテランの店員さんが、たくさんの品を出してきて、さまざまな角度から真剣に検討してくれました。その結果、充分満足のいく品物を選ぶことができました。　小売店はもちろんのこと、デパート、スーパーからコンビニ、量販店まで、店を構える販売業が、ネット通販に押されて不振だと聞きます。在庫を抱えるリスクが少ない上に、広い地域からの注文があるネット通販は、買う側にとっても、出かける手間もなく豊富な品揃えのなかから選べる魅力があります。ぼくも、パソコン関連の製品などは、ついついネット注文してしまいがちです。しかし、それ以外では、棚を眺めながら買う楽しみがある地元の本屋さんを初めとして、むかしからの地元のお店を大切にしてきたつもりです。それが結局のところ、暮らしやすさにつながるからです。　今回のおばさんとの買い物を通じて、効率や便利さだけではなく、現物を手にとって本物を見抜く目を養うことも、また本当の暮らしやすさにつながるのだとあらためて感じたものです。　テレビも、今後はハイビジョンから３Dへと、限りなくリアルに近く“進化”していくそうですが、それに反比例するかのように、本物という意味のリアルからどんどん遠ざかっていくような気がしてなりません。</description>
      <pubDate>Wed, 26 Aug 2009 16:20:48 +0900</pubDate>
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      <title>勉強は何のため？（２００９年２月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-2282/</link>
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      <description>「こんな勉強をやって将来なんの役に立つの？」と、子どもたちのこういう“素朴な”疑問は、もうずっと昔から繰り返されてきたものです。じつは、その疑問を発する心の内は、単に「勉強やりたくないなあ・・」であることも多いのです。以前は「ほとんどなんの役にも立たないよ。まあ、塾の先生にでもなれば少しは役に立つかなあ」などと冗談めかして言っていました。若いころは、「“学問”の目的は、直接何かの役に立てることではない。」と考えていたからです。でも、最近はちょっと考え方がちがってきました。　中学では、数学・英語・国語・社会・理科の５教科に、音楽・美術・技術・家庭・体育があります。だれでも、「なんでこんなことまでやるんだ」と一度ならず考えたことがあるはずです。だから、前記の子どもの疑問にもハタと答えに窮してしまうのかもしれません。　しかし、この教科のラインナップをよくよく眺めてみると、なかなかよく選ばれていることに気がつきます。論理力や客観性を養う（数学）、コミュニケーション力・表現力のための（英語・国語）、社会現象を理解する基礎知識としての（社会）、自然現象を理解するための基礎知識と考え方（理科）、それに生活と健康を豊かなものにするための経験と訓練（芸術・生活・体育）、これらの中には人類が営々として築き上げてきた知恵のエッセンスが確かに組み込まれています。これらが、学校や先生たちによって、具体的にどのように伝えられているかはべつの問題としても、こういう教科を通して伝えようとした能力が、人間社会の文明を支えてきたことを否定できないような気がします。　少なくとも、義務教育段階でのこういう勉強は、将来、ごくふつうの生活をするごくふつうの子どもたちにとっても、充分に役に立つのではないかと思います。この塾が“目先の成績や点数だけを目標とするのではなく”、広く、将来への展望まで見える勉強を心がけていきたい、と呼びかけているのも、そういう考えが基本にあります。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:03:49 +0900</pubDate>
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      <title>うっかりミス（２００９年１月２６日）</title>
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      <guid>http://suzukigakuin.com/blog-2281/</guid>
      <description>塾でプリントをやっていて、“わからない”ときには、充分に説明を聞けば、ほとんどの場合解決します。また、おばさんやおじさんは、長い経験で“どの部分が子どもたちにわかりにくいか”“この子はどこでつまずいているか”ということを、ほとんど見抜くことができます。塾のさまざまなオリジナルプリントは、たくさんの塾の先輩たちの“わからなさ”から教わりながら、改良してきたものです。ところが、プリントをやっているときや、学校のテストの“直し”のときなどに「ちょっとしたミスだよ」とか、「うっかりしただけ」ということがありますね。わかっていないわけじゃない、その場所を指差すだけでミスに気がつく、けれども自分ではなかなか気がつかない、そういうミスを“ケアレスミス”とか“うっかりミス”“見落とし”などと言って、わからなくて間違えたことよりも軽く考えがちです。でも、このミスは、“わからない”ことよりもずっとやっかいです。なかなか直りにくいという点では、根が深いものです。そのうえ、結果としては、“わかっていない”のと同じ×になります。しかも、その“うっかり”を何度も指摘されているうちに気分が滅入ってくるのは、大人も子どもも同じです。「もう、わかっているんだから〜」と叫びたくなる気持ちもわかります。だから、そっと自分で気がつくようにする方法を、あれこれ試みようとしています。適当な例えではありませんが、放火と失火では、犯罪の重さとしてはたいへん大きな違いがありますが、その引き起こした結果は、どちらも同じように悲惨ですね。でも二つの火事のもっとも大きな違いは、失火をした本人は、たぶん２度とそのような失敗をしないだろうということです。招いた結果の大きさを受け止めるはずだからです。もし、同じことを何度も繰り返すのなら、それは、“知っていて”（故意に）やっている、と言われてもやむをえないのかもしれませんね。勉強での“うっかり”も同じことです。だれでもうっかりすることはあるものです。でも、いつも同じ“うっかり”をするのなら、なんとかして、その同じ過ちを繰り返さない工夫が必要ですね。　</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:03:30 +0900</pubDate>
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      <title>中学の同期会（２００８年１１月２２日）</title>
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      <description>先日、５０年ぶりの中学校の同期会に出席してきました。当時は、子どもの数も今よりずっと多かった上に、母校常盤中学には、認められていた寄留制度（学区内に住民登録だけをする）をつかって、与野・川口・蕨・大宮・岩槻などの通学可能範囲だけでなく、遠く秩父あたりからも下宿までして常盤中学に来た人もいます。だから、ぼくたちの学年は、一クラス５０人×１２クラス＝６００人、という大人数でした。半世紀も経って、そのうちの３分の１近くの人が集まったのだから、幹事の人たちの熱意には頭が下がりました。　１２人の担任のうち３人の先生がおいでになりましたが、７０代後半から８０代であるにもかかわらずお元気で、すっかり老境に入ったわが同期生たちと見分けがつきません。そのうちの２人の先生は、ぼくの１年と２年の担任だったので、なつかしく声をかけると、お二人ともぼくのエピソードまでよく覚えてくださっているのにはびっくりしました。　それにしても、５０年という歳月は、外見もさることながら、動きや表情、反応など、同年齢とは思えないほどの差を与えてしまうものだと思いました。話を聞いてみると、若いころからの節制や修練、日頃の生活習慣に大きな違いがありそうです。　その一方で、たくさんのなつかしい顔と話しているうちに、どの人にも少年少女のころの面影が残っているのにも気がつきました。笑顔や考え込む表情、話し方、歩く姿、手を伸ばす口を押さえるなどのちょっとしたクセ・・・いろいろなところに５０年前の記憶がよみがえってきました。これは、すこし前にこれも久しぶりに出席した小学校のクラス会では経験しなかったことです。つまり、中学時代というのは、基本的なところでの人間の傾向などのアウトラインが完成する時期なのだなあと、あらためて塾の子どもたちの姿を思い浮かべたものです。　そして、その後の人生をどう生きるか、これは高学歴であるとか高収入であるとかとは、あまり関係のないことである、ということを、多くの５０年後の同期生たちの姿から教えてもらったような気がします。しかし、これはまた、とてつもなくむずかしい人生の課題かもしれません。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:02:47 +0900</pubDate>
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      <title>ノーベル賞（２００８年１０月２５日）</title>
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      <description>今月初めの新聞の紙面には、日本人４人のノーベル賞受賞の話題が大きく取り上げられました。ノーベル賞の歴史や４人の科学者たちの業績（当然ながら、ぼくもよく理解できません！？）については、新聞などで詳しく解説されているので、知っている人も多いと思います。　素直に喜ぶべきことなのでしょうが、４人のうちの２人はアメリカでの業績が評価されたものです。さらに、今回の受賞者の一人の方の「もう３０年も前のことで、自分としては過ぎてしまったこと」ということばが気になります。現在、第一線で活躍している研究者はこういう基礎研究をほとんどしていない、あるいは、していたとしてもほとんど評価されない、というのです。　なにの役に立つのかなどということは考えない、ただ、「宇宙にはなぜ物質が存在するのか」とか「生物がなぜ発光するのか」という、少年のような好奇心を持ち続けた人たちが、今回の日本人受賞者であるようです。そして、少なくとも、その研究をしている最中には「この研究でノーベル賞をとるぞ」とは考えなかったはずです。　しかし、現在は、応用科学のように、すぐに成果が出て利益を上げやすい分野ばかりが多額の研究費を獲得するといいます。企業も学校も、同じように“すぐに役に立つ”かどうかだけで評価する傾向が、年々強くなってきています。　そんな最先端の科学だけではなく、じつは一人一人の子どもたちが“活き活きと取り組み続けることができるもの”をもっていることが、本人にとってもあるいは将来の社会にとっても大変大切なことだ、とぼくは考えています。それにブレーキをかけ、それをこわしてしまうのが、“役に立つ”“早く成果を出す”という考え方です。　そうは言っても、“成果”がでないために自信をなくしていく現実の子どもたちを目の前にすると、苦手なものにも挑戦させたい、と考えてしまうのが、ぼくたちも含めた大人の習性なのかもしれませんね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:02:15 +0900</pubDate>
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      <title>４０年（２００８年９月２５日）</title>
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      <description>ぼくが塾を始めたのは、１９６８年の９月でした。つまり、今月でちょうど４０年ということになります。そのころ中学生だった人たちは、現在の中学生のお父さんお母さんたちよりも年上になっています。　始めた当時は、自分の勉強を続けるための“腰掛け仕事”であったにもかかわらず、たくさんの生徒が来てくれました。たたみの部屋にすわり机、しかも週３回しか開かない塾だったのに、みんないっしょうけんめい勉強していました。ぼくも、毎回ガリ版刷り（見たことありますか？）のオリジナルプリントをせっせと作っていました。みんなで映画を見に行ったり、サイクリングに行ったり、北浦和公園で実験をしたりしました。１９７０年には、親たちに頼まれて、小・中学生５人を連れ、日帰りで大阪万博に行ってきました。その当時の塾生たちとは、いまでも年賀状のやり取りをしたり、訪ねてきてくれたりしますが、もうすでに「先生ー生徒」ではなく、友人になっています。若気の至りで勝手なことをしていたぼくを信頼して、子どもたちを預けてくれていたお母さんたちも、すでに７０，８０歳代になり、ときどき顔を見せると、とても喜んでくれます。そして、おばさんといっしょに塾をやるようになってから約２５年、時代とともに子どもたちを取り巻く環境も親子の意識も大きく変わってきました。その時々の生徒たちに全力を注ぎたいという気持ちと、生来の付き合いべたであることから、多くの塾生ＯＢとは、こちらから積極的に連絡を取ることもなく何年も過ぎてしまいました。そういう人たちにも塾の現状を知ってもらいたいことと、まだ、体力も気力も充分に残っている今、塾を続けていくためにも、現在、すずき学院のホームページを作成中です。自力で少しずつ作っているので、完成はいつになるか分かりませんが、楽しみにしていてください。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:01:56 +0900</pubDate>
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      <title>浦和の水（２００８年８月２３日）</title>
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      <description>塾の庭の中央に、板でふたがしてある古井戸があるのに気がついている人は多いでしょう。使わなくなって、もう５０年近くなります。　今年のように暑かった数十年前のある夏の日の情景を思い出します。都内からやってきた親類の一人が、大汗をかきながらわが家に着くと、いきなり庭先の井戸の樋に口を持っていき、顔いっぱいに水しぶきを浴びながらゴクゴクッとひとしきりのどを鳴らしたあと、びしょぬれのままで破顔一笑「浦和の水はやっぱりうまいなあ」と言ったものです。　冬には雑巾しぼりの手をやさしい温もりで包み、夏の朝、網に入れたスイカを井戸の底に下ろすと、昼にはキリリと冷えた八つ割りが食卓にのる。口に含めば甘露、水割りにすれば芳醇（これは呑ん兵衛だった父の言）、わが家を訪れる友人知人たちは、異口同音に「浦和の水はうまい」と言い、なかには水筒に詰めて帰る人までいました。　こうした井戸は隣近所どこの家にもあり、戸口を開けると、薄暗い小さな土間いっぱいを井戸が占領していた前の家、日の当たる井戸屋形で洗濯をするお隣のお姉さんの手元をじっと見つめていた幼い日の記憶、大きな鯉が泳いでいた井戸の底、どれも懐かしい井戸にまつわる光景です。　浦和地域は約３０パーセントが何層もの火山灰質粘土層と関東ローム層が堆積した台地の上にあり、その地下深く豊かな水量に恵まれた浦和水脈がありました。埼玉大付属小近くの県南水道の揚水タンクからの配水が本格的になってきた昭和３０年代初頭にはどの家にも水道が引かれ、それとともに井戸を使うことも少なくなってきました。　わが家の井戸もそのころは、庭の水遣りなどに使うだけになっていました。県南水道もかなり以前から荒川からの取水が主となり、地下水はほとんどないというのに、不思議なことにわが家の古い水道管からは、２０年前まで、冬は温かく夏に冷たい、あの「浦和の水」の名残りが出ていました。井戸は、もう使うことはありませんが、埋めると危険だと聞いているのと、なんとなくの風情を惜しんで、そのままにしてあります。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:01:34 +0900</pubDate>
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      <title>ゴジラ（２００８年７月２４日）</title>
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      <description>東京の中野で、仲間たちと小さな読書会を開いて、およそ２０年になります。ふだんは、５，６人、多いときでも１０数人のごく小規模な読書会なのに、多くの場合、著者本人に来ていただくという、大変ぜいたくな読書会です。いつもは、哲学・社会・経済・教育などの専門書を取り上げることが多いのですが、今月は、現代情報文化が専門の筑波大学の林延哉さんでしたので、むずかしい話になるかな、と覚悟していたところ、なんと「ゴジラ映画の歴史」がテーマでした。　かかわりが少なかった父と小学４年のときに観た最初で最後の映画が、ゴジラ（１９５４年）でした。娯楽映画とはいえない不思議な重い気分が残る映画だったという記憶があります。その後、ゴジラ映画は２００４年までに２８本も作られ、政治家の判断・国際社会の動きなど、それぞれの時代の空気や情景をみごとに反映したものになっていることが、よくわかりました。ぼくが観た最初のゴジラは、水爆実験の恐怖・悲惨な戦争の記憶・科学への疑問、などがテーマであったし、バブル全盛の８０年代には、強い政治力、勢いの強い経済界の意向が前面に出ていました。　　とくに、自衛隊の描き方ははっきりしていて、陸海空の自衛隊が映画制作に全面的に協力していた時代から、しだいに自衛隊のカッコよさと装備の優秀さを誇る宣伝映画のようになってきたようすは、終戦６３年目になる今年、軍とはなにか、国を守るとはなにかをあらためてじっくりと考え直すよい機会になりました。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:01:16 +0900</pubDate>
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      <title>すずき学院の七不思議（２００８年６月２４日）</title>
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      <description>このところ、やや固い話が続いたので、ちょっと趣を変えて、むかしから塾生たちにたびたび質問されてきた、この塾の“不思議”について書いてみます。１．すずき学院って変な名前、Ｗｈｙ？　立派なビルならともかく、木造の古い一軒家なのに・・・、と思った人は少なくないはずです。じつは、塾を始めたころは、平凡に「すずき学習塾」だったのですが、和裁教室をやっていた母からの強い要望で、１９７５年に「すずき学院」にしました。当時は、塾の内容が大切なのだから、名前なんてどっちでもいいや、と考えていました。１１年前母が亡くなったあと、このささやかな塾にふさわしい名前にしようとしたのですが、このミスマッチな名前に親しんできたＯＢ・ＯＧたちの強い声で、そのままになったというワケです。２．なんで「おじさん、おばさん」？　むかしは、ぼくたちのことを「先生」、「おばさん先生」と呼ぶ子がほとんどでした。そのうち、「おばさん」になって、あるとき、「おばさんだけ“おばさん”はずるい？よ。先生だって“おじさん”じゃん。」と言い出した子がいて、いつのまにか「おじさん、おばさん」になりました。ずっとむかし、子どもたちは、近所の小父（おじ）さん小母（おば）さんたちから、ほめられたり叱られたり、いろいろなことを教えてもらったりしていました。そういう意味での小父さん小母さんでいられたらいいな、と思っています。もちろん、「先生」と呼んでもらってもＯＫです。呼びやすいほうで呼んでください。もっとも、最近は、「い」や「あ」を入れたがる子もいますが・・・。３．なんで教室の中に柱があるの？　柱から、向かって右は押入れ、左は床の間でした。この柱は、この家の芯柱（しんばしら）なので、取ることができません。もう７０年以上前の、ぼくも知らない時代のことです。　あれれっ、３つで終わってしまいました。残りの四不思議や、新しい不思議はリクエストがあったときに、また書くことにしましょう。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:00:52 +0900</pubDate>
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      <title>四川大地震と蜀（しょく）（２００８年５月２６日）</title>
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      <description>５月１２日、中国の四川省を中心として起きた大地震によって、すさまじい被害が出ていることはテレビや新聞などの報道でくわしく伝えられています。ぼくは、子どものころ“西域オタク”だったので、とりわけ関心の深い地域でもあり、新聞に出ている地名のそれぞれを古い時代のそれと重ね合わせ、むかしの知人の災厄のように感じていました。四川省は、あの三国志の蜀の都、成都（益州）を州都としています。蜀は、三国志の時代よりもずっと古く、殷の時代から羌（チャン）族という少数民族の土地でした。蜀は、古い辞書によると、「虫」の字を含んでいるように、蚕（かいこ）を飼い、絹の名産地でした。唐の詩人李白は、「蜀道の難きは青天に上るよりも難し」と表現していますが、古代から「天府」と呼ばれるほどの豊かな土地で文化水準も高く、大熊猫（ジャイアントパンダ）の生息地となるほどの恵まれた自然環境を今に残しています。羌族は日本語の半分くらいを理解できる、と言われ、似たような発音の単語が多いようです。また、日本神話に近い天孫降臨神話があり、山や樹木などの自然を崇拝するアニミズムであることも日本民族との近さを感じます。また、井戸掘りなどの灌漑（かんがい）技術に優れているとのことで、たぶん、５世紀ごろの中国からの渡来人の中心に羌族がいたのかもしれません。また、羌族から枝分かれした部族のひとつが蔵（チベット）族で、この大地震の震源地は、アバ・チベット族羌族自治州です。産業の面では、日本で使われる金属シリコンの大部分がこの州からきているそうです。ほんの２ヶ月ほど前に、チベット自治区ラサで起きた反乱は、チベット族が多く住むこの地域にも及んで、そのために中央政府は少数民族の不満が広がらないように、復旧に懸命のようです。救出劇や大被害のようすを見ているだけでなく、歴史的にも文化的にも、日本と深い関係のあるこの地域が少しでも早く復興できるように、できることからやってみたいと考えています。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:00:31 +0900</pubDate>
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      <title>憲法を読もう（２００８年４月２４日）</title>
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      <description>この数年、この時期には憲法について書いています。５月３日の憲法記念日が近いこともありますが、改憲（憲法を変える）への動きがとても早く進んでいるからです。国民投票法がすでに成立していて、早ければ、３年後には、実際に国民投票がありそうです。　この国民投票法では、１８歳以上が投票できるそうなので、現在中学生である人たちも、憲法をしっかりと読んでおいてほしいのです。　現在の日本国憲法について、変えるか変えないかの前に、まず、基本的なことについて知っておいてほしいと思います。１．憲法は、ほかの法律とちがって、主権者から、立法（国会）行政（内閣）司法（裁判所）に向かって出される指示命令です。それは、「この国は、この憲法で決めた方針でやっていきます。だから、憲法の方針通りに法律を作り、憲法の考え方にしたがって政治を行い、憲法に従って裁判をしなさい。」という指示命令です。わずか６０年ほど前、帝国憲法時代の主権者は天皇でした。でも、現在の主権者は、わたしたち国民なのです。２．いまの憲法は、第２次大戦後急いで作ったものなので、細かいところではいろいろな欠陥があり、また時代に合わないところがいくつもあります。正しく変えないと、かえって戦争への道につながる、という意見もあります。しかし、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、という３つの原則については、この６０年の間ほとんどゆらぐことなく、多くの国民の意識に根付いています。それを、いま、この時代に憲法を変えようとするのはなぜなのかを一人一人がしっかり考えておく必要があります。３．国民投票は、有効投票総数の過半数ということなので、仮に、有効投票が４０％だったとしたら、国民の２０％の賛成で憲法が変わってしまうことになります。　世の中から、ゆったりとした気持ちや笑顔ややさしさがどんどん少なくなってきているような気がします。憲法をめぐる動きも、こういうことと無関係ではありません。自分と自分たちの子孫のために、大人も子どももしっかりと勉強しておきたいですね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:00:12 +0900</pubDate>
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      <title>むかしの若者といまの若者（(２００８年３月１４日）</title>
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      <description>「むかしに比べると、いまの若者はだらしない。」と言われることがあります。とりあえず、中学・高校生から２０代前半の１０年間くらいを“若者年代”と考えてみましょう。そのむかし、自分が子どもだったころの若者、自分も若者だったころの若者、そして、塾を始めた４０年ほど前のころの若者、それから現在までの長い間に出会った若者たち、思い出せる限りの一人一人を頭に浮かべてみました。　すると、「むかしだって、若者は、夢や希望を持ったり、迷ったり苦しんだり、投げやりになったり、そして、恋をしたり失恋したり、とても傲慢（ごうまん）になったり自信をなくしたりしてたよなあ。」と、いまではすっかり大人になってしまったたくさんのＡくんやＢさんの顔が浮かんできます。　でも、すっかり大人になって、親にもなった彼らが塾を訪ねてきたときに、「あのころは、こうだったよねえ」と言うと、とてもいや〜な顔をすることがあります。それも当然で、自分が未熟だったころのことをあらためて言われるのは、だれだって好きではありません。ぼくだって、そういう経験はあります。現在、中学生や高校生であっても、あまり記憶にない幼児のころのことを話題にされるのは、“なんかムカつく”気持ちになりますね。過ぎてしまったことは、よかったこと悪かったことを含めて現在（いま）に活かし切ることができてこそ初めて意味があります。　ずっと長い間、若者を見てきているおじさんからすると、“むかしの若者”と“いまの若者”は、基本的にはそれほど違いがありません。ただ、むかしは、一見、支離滅裂な生き方をしている若者であっても、エネルギーや希望がありました。それは、その時代が持っていたエネルギーや希望でもありました。その意味では、時代にエネルギーと希望を取り戻すためには、いまの時代を生きる人たちみんなの力が必要です。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:59:55 +0900</pubDate>
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      <title>漢字(２００８年１２月２２日）</title>
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      <description>中学生の皆さんは、「踏襲」　「未曾有」　「詳細」　「頻繁」などの漢字が読めますか？　そうです。これらは、麻生太郎首相が読み間違えたといううわさの漢字です。だれでも、漢字の思い込み間違いはあるものです。子どものころから漢和辞典を“愛読”していて、常用の漢字だけは自信があったぼくですが、大人になるまで思い込んでいた漢字の読みがあります。それは、「泣」の音読みでした。「立」「粒」「笠」などの読みがみんな「リュウ」なので、「号泣」「泣菫」なども、なんとなく「ゴウリュウ」「リュウキン」と読んでいて、その思い込みに気がついたときには、とても恥ずかしかった記憶があります。しかし、塾のおじさんならともかく、一国の首相ともなれば、「頻繁」を「ハンザツ（煩雑）」と読んでしまっては国際問題にもなりかねません。支持率の急激な低下も、案外、そんな首相の資質への不安が背景にあるかもしれません。それはそれとして、年末恒例の「今年の漢字」を、その麻生太郎、若者の間に広がる大麻汚染、世の中が金融危機の全世界的な波及で麻のごとく乱れて、世相も麻のように疎であることから「麻」と考えていましたが、上のように「変」に決まったようです。経済変動、気候変動、アメリカの政治変革、などが決め手だったようです。昨年は、「偽」、その前も否定的な意味の漢字が多かったのですが、来年は、明るい未来に向かって社会もよい方向に変化していってほしいものです。「漢字は嫌い」という子も多いようですが、いやいやながらひたすら漢字練習をするよりも、ふだんから漢字に興味を持って、「この字はなんて読むの？」とか「このことばはどんな漢字を書くのだろう？」「この漢字はなぜこう書くのだろう？」という気持ちでいるだけで漢字は得意になります。すこし背伸びをして、まだ習っていない漢字でも積極的に書くようにしましょう。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:03:06 +0900</pubDate>
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      <title>earth(アース）（２００８年２月２１日）</title>
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      <description>いま上映中の映画「アース」をおばさんと二人で観てきました。　この映画についてはテレビなどで大々的に宣伝されているとのことで、まだ観ていない人たちもある程度の内容は知っていると思います。とくに、これからの時代を引き継いで生きていく子どもたちにはぜひ観てほしい映画です。　同じスタッフによる海のドキュメンタリー映画「ディープ・ブルー」も生存競争のすさまじさが描かれていました。母なる海のなかのさまざまな生命とそれを育む広大な海の想像を絶するエネルギーと息を呑むような美しさの印象が強く残る映画でした。しかし、今回の「アース」は、自然の美しさと、多種多様な生命が生き抜くための極限の姿を描くことで、“生命の惑星”としての地球の危機を訴えています。観終わったあとに、深く重く考えさせられるものが残る映画です。　母親とともに雪穴から顔を出した２頭のホッキョクグマの子どもの愛らしさ、でも、何ヶ月もエサを口にしていない母熊の狩に無邪気について行く姿に胸が痛みます。その子どもたちの父親かもしれない１頭のオスが、氷が溶けてしまったために何１０キロも冷たい海を泳ぎやっとめぐり合ったセイウチの群れに向かって行っても、消耗してしまった体力ではとても歯が立たず、力尽きてそのそばで餓死していきました。象の親子もクジラも、肉食獣も草食獣も鳥たちも、みんな生と死のがけっぷちで懸命に生きようとしています。　自分の目で見ることは絶対に不可能だけれど、まぎれもない現実の地球とそこに生きる生命たちの姿に接することは、地球環境問題を１００万のことばで語るより　意味があります。「地球を守る」「地球にやさしく」などというよりも、人類がこの地球上に住み続けていくためにはなにが必要かを深く考えたいものです。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Feb 2011 10:14:22 +0900</pubDate>
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      <title>よくやるなあ！(２００８年１月２６日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-2268/</link>
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      <description>登山家の続素美代（つづきすみよ）さんが、日本人女性として初めて南極点に到達した、というニュースがありました。続さんは、９８年には世界最高峰エベレスト登頂、０４年にはスキーでグリーンランド横断と、知る人ぞ知る冒険家です。今回は、他の３人のクルーとともに、約２ヶ月かけて１２００ｋｍをスキーとそりで踏破したということです。予定よりも遅れてしまったので、食料を切り詰め、荷物を軽くするために衣類を減らし、強風と−３０度を下回る極寒のなか、ベースキャンプというオアシスがあったエベレスト登頂時とはちがう不安と恐怖感の中での達成だったということです。この記事を見たおばさんと二人から同時に出た感想は、「よくやるねえ！」でした。スポンサーからの資金提供があるとはいえ新聞でさえ小さな扱い、命を賭（か）けるにはあまりにもささやかな代償ですが、彼女は、なぜそういう挑戦を続けるのでしょうか。エベレストで命を落としたイギリス人登山家ジョージ・マロリーの有名なことばがあります。中２以上ならばわかるはずなので、原文のまま書いてみます。“Why do you want to climb （登る）Mt. Everest?”という問いかけに“Because it is there．”と彼は答えています。続さんを初めとする冒険家たちも、自分たちを突き動かすエネルギーの元を問われたとき、まさにこう答えるほかはないかもしれません。じつは、ぼくたち平凡に生きているように見える人たちも、たぶん、いつの日かどこかでそういう情熱を燃やすことができるものに出会えるはずだと、おじさんは信じています。スケールはずっと小さいけれど、「なんで、塾を続けているの？」と聞かれた若いころ、「学ぶことは楽しいことなのに、勉強で苦しんでいる子どもたちがいるから」と答えたその気持ちをいつまでも忘れないようにしたいと思うおじさんでした。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:59:17 +0900</pubDate>
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      <title>自分に○をつける（２００７年１２月２１日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-2253/</link>
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      <description>前回は、「塾での×はラッキー！」というタイトルでした。書いてはみたものの、読んでくれた人たちに理解してもらえたかどうか、とても不安でした。そうは言ってもやっぱり○のほうがいい、×は自分を否定されたような気持ちになる、という子が多いからです。冷静に考えれば、自分の弱点や間違えやすいところを、ふだんの勉強の中でどんどん見つけることが、つぎの進歩につながるので、まさにラッキーなことです。宇宙開発のような大きなプロジェクトでも、実験やテスト段階で、できるだけたくさんの問題点が出てくれば、宇宙飛行士を乗せて飛ぶときの安全性がそれだけ高まります。自動車の新車テストでも、普通は考えられないようなきびしい状況の中でおこなうことで、買った人たちが実際に路上を走るときの事故を少なくしようとしています。でも、今回は、あえて逆のことを提案してみます。なぜかというと、初めに書いたように“×は自分を否定されたような気持ちになる”からです。点数や成績が出るたびに、「ダメだねえ」とがっかりされていると、そういう気持ちになるのももっともです。ぼくも自分の気持ちが沈んでいるときや失敗を悔やんでいるときなどに、さらに×が付け加わってしまうと、だれに言われたわけではなくても、さらに落ち込んでしまうことがあります。ちょっと自信を失っているとき、不安なとき、失敗続きのとき、自分の○を数え上げてみましょう。「ここもできている。これもがんばった。ここは×になったけれど、内容的には○だ。１年前にできていなかったことが完全にできるようになった。・・・」など、一つ一つ数えていくと、○がどんどん増えていくでしょう。それでも残る×は、元気がいいときにひとつひとつ点検していって前号に書いたように“宝物”にしていきましょう。冷静さも大切ですが、まずは、元気であることが一番です。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:58:50 +0900</pubDate>
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      <title>塾での×はラッキー！（２００７年１１月２４日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-2252/</link>
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      <description>プリントを見るなり「わからな〜い」と叫ぶ子がいますね。「いま説明したことの確認だから、まず、ゆっくり読んでね」と言いながら、他の子のやり終わったプリントを前に、赤丸をツケ始めます。途中でペンを止め「ん？」とでも言おうものなら「びっくりさせないでよー。まちがえちゃったかと思っちゃったよ〜」と、胸をなで下ろすまねをするので、顔を見るとホントにちょっと青ざめていたりします。また、トントンと進めているプリントをのぞき込んで、「これは？」と言ったとたん、さっさと消してしまう子もいます。「答えは合っているんだけれど、どうやって考えたの？って聞こうと思ったんだよ」と言うと「なあんだ、早く言ってよ」というブーイングが返ってきます。「教科書とはちがうけれど、きみが書いたのもりっぱな英語だよ」とほめたつもりが「え〜っ、それじゃあいやだよ。教科書と同じのがいい」となります。　最初から「わからな〜い」と言っている子は、やってから間違えるよりは、と考えるからでしょう。理解する・できるようになるという欲求ではなく、とりあえず「正しい」ことに合わせることに必死です。間違えたくない、×をもらいたくない、という気持ちが強すぎると、もう少し考えてみよう、もうちょっと頑張ってみよう、というところにはつながらず、思考停止してしまって「合わせてしまおう」「×をもらう前に直してしまおう」という方向に向いていきがちです。塾では×をつけるよりも「もう一度やってごらん」と言うことが多いと思います。そういうところこそ、自分にとって大切で、真剣に取り組むことでそれだけ理解も深くなり、「わかる」から「できる」につながっていきます。　そういうこともあって「いっしょうけんめい取り組んで間違えることはラッキーだ」「塾ではマグレ当たりは損だよ」「悪かったテストほど宝物がつまっている」というメッセージを送り続けているのですが、これが、身に染みて分かってくると、その子なりの安定した学力がついてくるはずです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:58:29 +0900</pubDate>
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      <title>悪夢の思い出(２００７年１０月２５日）</title>
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      <description>「大阪の中学で、中３の体育の授業中、重さ２．７ｋｇの砲丸が男子生徒の後頭部に当たり、頭蓋骨陥没の重傷・・」というニュースを目にしたのが、１０月の初めでした。ぼくは、この記事を見たとたん、心臓がズキンと音を立てたような気がしました。体育の授業で砲丸投げ？という驚きと同時に、このところしばらくのあいだ忘れていた悪夢がよみがえってきたからです。　ぼくの母校（常盤中学）の運動場は、当時、埼玉大学の広大なグランドと隣接していていました。中学生たちは、休み時間ともなると、学校のグランドだけでなく、その埼大グランドのフィールドもトラックも自分たちの遊び場として、自由に走り回っていました。　ある日のこと、中３だったぼくがいつものように埼大グランドに行くと、大学の陸上部員が置き忘れたらしい砲丸が１つ落ちていました。雑草が生い茂った中にあったので、あるいは、見つからなかったのかもしれません。　ぼくはそれを拾い上げて、砲丸投げのポーズを取りながら、何度か重さの感触を確かめていました。そして、だれもいない（はずの）前方の草むらに向かって、エイッとばかりに投げたとたん・・・、追いかけっこをしていた中１の男子数人の声がしたかと思うと、ぼくの斜め後ろから飛び出してきました。あっと思うまもなく、砲丸は、そのうちの一人の子のあたまをかすめるようにして飛んでゆきました。ぼくは、凍りついたように声も出せず立ちすくんでいましたが、中１の子たちは、自分たちのずっと前方に砲丸が落ちたので、それほど危なかったとは感じないようすで遊び続けていました。　　たまたま、それを目撃していた同級生の、「あぶなかったなあ、でも、ぶつけなくてよかったなあ」という声でハッとわれに返って、「先生に報告しなくちゃ」と言うと、「なんでもなかったんだから、報告しないほうがいいんじゃないの？」と言われました。　ぼくは、その後２０年以上の間何度か、中１の子のあたまに砲丸が当たって血を流している悪夢にうなされました。なんとなくやってしまう行動が、どれほど恐ろしい結果を招くかを教えてくれる悪夢でした。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:58:10 +0900</pubDate>
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      <title>茶色の朝（２００７年７月２３日）</title>
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      <description>この寓話は、１０年ほど前にフランスで書かれてベストセラーになり、日本でも３年ほど前に出版されたので、読んだ人もいるかもしれません。　茶色の犬やネコは優秀だ、という科学者たちのキャンペーンが始まって、そのうち茶色以外の犬やネコは処分しなければならないという法律ができました。主人公とその友人も自分の犬やネコを処分しなければなりませんでした。つぎに科学者たちのキャンペーンに対する疑問を書き続けてきた新聞も廃刊になって、「茶色新報」という新聞しか読めなくなりました。人々は、やがて茶色に守られ茶色の中にいる安心感もわるくない、と思うようになりました。　ところが、ある日、友人が“むかし黒い犬を飼っていたことがある”という罪で逮捕されてしまいます。茶色政府は、国中を茶色に染め上げるための法律を次々と作っていきましたが、主人公は「自分にはやることがたくさんあるし、ごたごたには巻き込まれたくないから、おとなしくしていよう」と考えていました。そして、外が茶色一色の朝、とうとう彼の家のドアが叩かれます。　原本は、わずか１１ページの短いお話ですが、国と個人の関係、なにが安心でなにが不安なのか、考え続けることの大切さ、などを考えるよい機会かもしれません。　映画「バッファロー’６６」の監督ヴィンセント・ギャロが描く日本語版オリジナルのイラストがなかなかすてきでシャレています。　８月１５日は終戦記念日です。６２年間戦争に巻き込まれなかった国に住んでいるぼくたちが、国とわたしたち一人一人の関係、戦争と平和の関係、なにげない日常があともどりのできない非日常に変わる日のことなどを、夏休みにゆっくりと考えてみてもよいかもしれません。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:56:53 +0900</pubDate>
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      <title>夏の思い出（２００７年６月２６日）</title>
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      <description>ぼくが中１のころの話です。　そのころ、ぼくの母校常盤中学には、岩槻、深谷、春日部、行田など遠くから寄留して通学してくる友だちが何人もいました。寄留というのは、学区内に住民票だけ移して、実際は自宅から通うことです。その当時は、学校も大目に見ていたようです。　そのうちの一人、春日部から通ってきていたＮ君の家に遊びに行ったときのことです。彼の家の近くを流れる古利根川のあちこちに田んぼに水を引く水門がありました。そのうちのひとつにつながる用水路で、ぼくたち３人は泳いでいました。両岸は急斜面の護岸でした。ふだんは、本流とは違ってプールのようにおだやかな水の流れです。　ところが、どうしたことか、水門が開けられてしまったようで、急に流れが速くなりました。本流から水が用水路に流れ込んできたのです。 ぼくたちは、必死になって本流に向かって泳いだのですが、水の流れが強いので、まったく進みません。あわてて岸に這い上がろうとしましたが、なにしろ護岸は急斜面である上にコケが生えていてつるつるになっているので、手がかかりません。そのうち、ぼくたちの体は、すこしずつ水門に向かって流され始めました。　水門のところまで流されれば、上の柵（さく）につかまって、命は助かるということはわかっていました。　でも、同時に水門の柵のところには、とてもここには書けないようなすさまじいゴミがたくさんあることも知っていました。「あのゴミの中にはいるのは、死ぬよりもこわい」と考えて、必死になって抵抗していたら、３本の延べ竿（のべざお）が差し出されました。ぼくたちは、それにつかまりながらやっと用水路から脱出することができました。地元の子どもや青年たちが、釣りの帰りに折りよく通りかかって気がついてくれたのです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:55:06 +0900</pubDate>
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      <title>學而不思則罔(２００７年５月２５日）</title>
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      <description>これは、いまから２５００年も前の中国の思想家、孔子（上の肖像）のことばを集めたとされる「論語」の中の一節です。“学びて思はざれば、すなはちくらし”と読みます。「学んでも考えなければ、ものごとははっきりしない。」（金谷　治訳・岩波文庫版より）というほどの意味です。ここで、「學」とは、現代的にいえば、与えられた課題（問題）を「大量に、早く、正確に」処理することを目指すものです。「思」とは、「なぜそうなるのか、それはどのような結果につながるのか、さらに、それは自分にとってどのような意味を持つのか・・・・」という＜心の働き＞とでもいえるかもしれません。　現代の社会で、トップエリートといわれる人たちが、信じられないような問題を次々と引き起こすのも「學」だけがあって「思」がないからではないでしょうか。「そんなはずはなかった。予測できなかった。」というコメントにも、そういうことが表れています。　正解もなく、だれも結論が見えていないことに取り組むことは、子どもに限らず、現代人にとって一番苦手なことです。しかし、失敗を重ね、それを活かす経験を積んでいくことで自分の世界を広げていく喜びを知ることこそが「思」であって、「罔」から抜け出て「明」への出口に向かうことになるのだと思います。じつは、論語では上の言葉のあとに、「思而不學則殆」“思ひて学ばざれば、すなはちあやうし”と続いています。「考えても学ばなければ、独断に陥って危険である。」つまり、「考えるだけではなく、そのベースとなる勉強もしっかりやらないと、たしかなところに行き着くことはできない。」と、ぼくは解釈しています。「學」と「思」。この両方を身につけた人たちが育ってこそ、これからの社会に希望が見えてくるような気がします。「論語」と言えば、＜封建社会を支えた遺物＞というイメージがありまずが、孔子という偉大な知性をあらためて深く感じる思いです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:54:04 +0900</pubDate>
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      <title>国民投票法（２００７年４月２４日）</title>
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      <description>　この数年、この時期には憲法について書いています。５月３日の憲法記念日が近いこともありますが、改憲（憲法を変える）への動きがとても早く進んでいるからです。４月１３日に衆議院で可決された「国民投票法案」は、たぶん、５月には参議院を通過して成立します。そうすると、早ければ、３，４年後には、実際に国民投票がありそうです。　この国民投票法では、１８歳以上が投票できるそうなので、現在中学生である人たちも、憲法について自分の考えをしっかり持っていてください。　現在の日本国憲法について、変えるか変えないかの前に、まず、基本的なことについて知っておいてほしいと思います。１．憲法は、ほかの法律とちがって、主権者から、立法（国会）行政（内閣）司法（裁判所）に向かって出される指示命令です。つまり、「この国は、この憲法で決めた方針でやっていくので、その方針通りに法律を作り、それにしたがって政治を行い、憲法に従って裁判をしなさい。」という指示命令です。帝国憲法時代の主権者は天皇、現在の主権者は、わたしたち国民です。２．いまの憲法は、第２次大戦後急いで作ったものなので、細かいところではいろいろな欠陥があり、また時代に合わないところもあります。しかし、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、という３つの原則については、この６０年の間ゆらぐことなく多くの国民の心に根付いています。それを、いま強行採決までして変えようとするのはなぜなのかを一人一人がしっかり考えておく必要があります。３．国民投票は、最も改憲しやすい有効投票総数の過半数ということなので、仮に、有効投票が４０％だったとしたら、国民の２０％の賛成で憲法が変わってしまうことになります。　世の中から、ゆったりとした気持ちや笑顔ややさしさがどんどん少なくなってきているような気がします。憲法をめぐる動きも、こういうことと無関係ではありません。自分と自分たちの子孫のために、大人も子どももしっかりと勉強しておきたいですね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:53:48 +0900</pubDate>
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      <title>春は悲しい？！(２００７年３月１６日）</title>
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      <description>万葉集の大伴家持（おおとものやかもち）の歌に「うらうらに　照れる春日に　ひばり上がり　心悲しも　ひとりし思へば」というのがあります。中３の国語の教科書に載っているので知っている人も多いと思います。ぼくは若いころ、この和歌が大好きでした。「明るい春の大空を自由に飛んでいるひばりを見ていると、日々の現実の中でゆきつもどりつ苦しむ自分がいっそうあわれにおもえる」という解釈がふつうです。　でも、この和歌の中心になるのは、「独りし思へば」というところです。　春は、別れの季節でもあります。いまでも卒業式や送別会があちこちで行われています。学校の新年度を９月にして、欧米の学校との調整をしようという動きはなんどもありましたが、実現しそうにもありません。これは、季節の移り変わりがはっきりしている日本だから、そして、春という季節が、別れと出会いの気分を大変よくあらわしているからです。　草が萌え出し、花が咲き、虫たちが動き出し、動物たちが冬眠から覚め、なにもかもがはなやかな春に、新しい出発をする、そして、そのためには今まで親しんできたものを手放し、あるいは、そこに新しい芽（希望）をみつけなければなりません。広辞苑によれば、「悲しい」とは、自分の力では及ばないと感じるせつなさ、と同時に、なにかに興味深く強く心を惹かれる気持ちである、と書かれています。「恋」という字を“孤悲（こひ）”と書き表した万葉歌人たちの、ことばに対する感受性の鋭さには、おどろくばかりです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:53:29 +0900</pubDate>
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      <title>“大人”ってなんだろう(２００７年２月２２日）</title>
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      <description>入塾申込書のアンケートの最後に、「おとなたち（親・先生を含めて）をどう思いますか？」とあったのを覚えていますか？　あらためて考えてみると、“おとな”ってなんだろう？と思いませんか？　２０歳になると、成人式もあり選挙権も得て、悪いことをすれば名前も公表されて・・・、ということで、“２０歳で大人になる”と考えますか？　でも、これは社会的、法律的に“一応そのように決めた”だけのことです。子どもじみた身勝手なふるまいしかできない３０歳もいれば、大人顔負けの冷静な判断ができる１３歳もいます。とくに体が悪いわけでもないのに、４０歳過ぎて親のすねをかじっている人もいる一方で、ＩＴ業界などには、巨額のお金を手にしている若者もいます。　でも、むかしはたくさんいた“理想や夢を追う若者”が少なくなりました。こういう若者は、当時の大人たちからは、“青臭くて迷惑なことを考えている連中”でした。現代では、モノやカネなどの現実生活を楽しむことにしか関心のない若者が多くなったようにもみえます。　　その意味では、むかしの若者が批判していたような“薄汚れた大人”のような若者になっている、と言えなくもありません。　このように考えてみると「大人とはなにか」が、ますますわからなくなります。　むかし、９つのつぎの１０歳になることは“ツ離れ”と呼ばれていました。１０歳を機会に、子どもが自分の判断でできることを増やすとともに親からの保護も減らしていく、という意味でした。このことで「自由と保護とは反比例するもの」という実感がありました。「かわいい子には旅をさせろ」ということわざも、同じ意味を持っています。そうすることで、自分の行動に責任を持ち、自分なりの判断ができる“大人”への準備ができるのだ、と考えられていました。さて、“大人”ってなんでしょうね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:52:49 +0900</pubDate>
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      <title>憲法第９条(２００５年４月２３日）</title>
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      <description>4月15日に衆議院憲法調査会最終報告書が発表されました．自分とは関係なさそうに思えて、閑心のない人が多いようです．でも、現代の子どもたちはもちろんのこと、その孫たちにも影響が大きく、どっちでもいいや、ですむ問題ではありません．そこで、毎年この時期には、できる限り憲法について書くことにしています．　この憲法が出てくるまでは、それこそさまざまな動きがありましたが、当時としては、世界中から“人類の理想’’とたたえられる憲法ができました．その後、自衛隊ができ、環境問題が大きくなり、さらには、冷戦が終わるなど、憲法を取り巻く状況が大きく変わりました．　憲法（特に憲法9条）を変えようとする意見はだいぶ以前からあります．それを改憲論といいます．それに対して憲法はこのままでよい、とする意見を護憲論といいます．これは、とても大きな意見の違いのように見えますが、深く考えるほど、ほんの紙一重の差です。その差で結論がちがってくることもあります．ぼくの親しい仲間たちの間でも、改憲・護憲に分かれています．だから、どちらの結論に立つにしても、まずつぎの3つのことを知っておいてほしいのです，1．まず、憲法9条そのものです．次の　を何回も読んでください。．　　日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する．　前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない．国の交戦樺は、これを認めない．2．つぎに、近代憲法は、どの国でも、基本的に、主権者である国民から政府や国会・裁判所に対する命令または指示のようなものだ、ということです．3．さらに、改憲論か護憲論という議論と、自衛隊の活動が憲法違反であるであるかどうか、あるいは自衛隊が必要かどうか、という議論は、それぞれ別のものです．自衛隊が違憲だから、憲法を変えて自衛隊を自由に活動させようという人もいます．　それほど遠くない時期に、憲法を変えるかどうかの国民投票が行われると思います．学校の先生方は「公務員法」という法律によって、学枚で政治的意見を言うことはできません．どちらの意見を持つにしても、くれぐれも上の3つのことだけは、しっかりお家で話し合ってほしいな、と考えています．</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:48:38 +0900</pubDate>
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      <title>虫と共存する(２００９年７月２５日）</title>
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      <description>この塾は、近所でも、いや、ひょっとしたら浦和区内でも古い部類の民家です。その上、最近では珍しく、あちらこちらすきまだらけの家です。しかも、小さな庭には樹木や草も多いので、夏ともなれば、いろいろな種類の虫が飛び込んできます。蚊はもちろんのこと、羽アリ・クモ・蛾・コガネムシ・・・・・。ときどき、玄関の引き戸を開けっ放しにしたまま入ってくる子がいるので、そんなときには大量の蚊が入り込むことがあります。　こういう虫たちが登場するたびに、大騒ぎになります。一度だけ飛び込んできたことがあるアシナガバチや恐いスズメバチ・チャドクガならともかく、やっと見えるくらいのゴマ粒のような虫にまでキャーキャー言います。初めのころは“勉強逃れの騒ぎ？”と考えていて、「虫、無視、ムシ」などと“オジンギャグ”を飛ばしていましたが、どうも、そうとばかりは言えず、ゾッとして固まってしまう子までいるようです。　虫は、人間にとっては遠い種であるうえに、ゴキブリやハエなど病原菌をまきちらすかもしれない虫、蚊やハチなど攻撃してくる虫、蛾やダニのようにアレルギーを引き起こす虫などがいるので、苦手な人が多いのもムリはないのですが、虫がまったくいなくなったらどうなるかを考えると、虫がいること以上にゾッとします。　おじさんも、恥ずかしいことにあまり虫は得意ではありません。とくに、小６の修学旅行でのトラウマがあるので、半世紀以上経った今でも蛾は大の苦手です。でも、家の南側の窓に毎年現れるヤモリや、庭のキンモクセイや海棠の木を訪れる小鳥たちにとっては、蚊や蛾を初めとする虫たちは、大切な餌（えさ）になります。その鳥たちが絶滅した世界に住むことを想像すると・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:05:19 +0900</pubDate>
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      <title>高名の木登り（２００９年３月１３日）</title>
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      <description>中学や高校の国語でよく取り上げられる“徒然草”のなかに、「高名の木登り」という、よく知られた話があります。要約すると　「木登りの名人が、弟子を木に登らせて枝を切らせていました。木の一番高いところにいたときは黙ってみていたのに、飛び降りることができるほど低いところまで来たときになって、『ケガするなよ、気をつけろよ』と声をかけた。回りで見ていた人が『どうして?』と聞くと、『危ないところにいるときは、何も言わなくても自分で気をつけるけれど、失敗というのは、かならず“かんたんだ。だいじょうぶだ”と思うところで起きるものだからです。』と言った。」という話です。　そばで見守っている人にとっては、どうしても「もっとがんばれ、もっと高く登れ」という気持ちになるものです。しかし、これから登らなければならないと覚悟していたり、すでに登り始めている当人にとっては、黙っていても高く登りたいものです。そこへ、「もっとがんばれ」と言われると、かえって、ムリをしてケガをしたり失敗するものです。　この話は、決して“臆病者（おくびょうもの）”の話ではありません。「油断するな、どんなことでもなめてかかってはいけない。」という戒めです。世界的な冒険家たちが、じつに細かいところまで用意周到に準備することは、よく知られています。　さらに、この話は、「高いか低いかが問題なのではなく、一つ一つの挙措動作に気持ちをこめることの大切さを説いているようです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:04:05 +0900</pubDate>
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      <title>ラジオを聴こう(２００９年６月２３日）</title>
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      <description>いつのことだったか忘れましたが、中学生たちの話を聞いていて、とてもびっくりしたことがあります。とくになにかの番組を見ているわけでもないのに、テレビをつけっぱなしにしている、というのです。しかも、テレビを消すと静かすぎて不安になる、という正直な答えが返ってきました。いろいろ聞いてみると、かなりの家庭でその現象が見られるようです。なかには新聞を取らずにテレビだけでニュースを知る家もあるようです。　ぼくが子どものころは、夜の娯楽といえばＮＨＫのラジオしかないという時代でした。民放ラジオさえなかったので、政治・スポーツなどはもとより、新諸国物語などのラジオドラマをはじめ、歌謡曲からジャズ・クラシックなどの音楽、落語・講談・浪曲から長唄・新内・義太夫・歌舞伎中継などの伝統芸能まで、ありとあらゆるジャンルのものをNHKラジオで聴きました。現在のように、テレビでもラジオでもネットでも新聞・雑誌でも、豊富な情報量の中から“自由に”選べるとしたら、まず一生知らずに終わってしまったような文化にラジオを通して接することができたのです。情報を選べなかったこの時代のことは、今となっては、ぼくにとってはかけがえのない財産になっています。そして、この１０数年ほど、家事をしているときや散歩のときなど、ポケットラジオを愛聴しています。昔に比べると、しゃべりも取り上げるテーマもぐっとリラックスした調子になっていますが、アナウンサーやゲスト出演者などのことばの調子から、その人の表情や内に秘めている気持ちなどが伝わってきます。ラジオドラマやニュースなども、ことばをかみしめながら聴いているので、テレビよりもかえってリアルに情景を思い描くことができます。テレビは、視覚に訴える圧倒的な画面の情報量のために、大切なことを“聴き流す”ことに慣れてしまうと言います。このごろの子どもたちに多く見られる“うっかりミス”の原因は、案外こんなところにもあるのではないかと、おじさんはひそかに考えているのです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:05:02 +0900</pubDate>
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      <title>“個性”って？(２００９年５月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-1898/</link>
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      <description>「あなたは個性的だ。」「きみは個性が強い。」などと言われると、場合によっては、「変人」だとか「我（が）が強い」という意味にも受け取られます。一方で、「個性を伸ばす」「個性を大切に」ということばには耳に快いひびきがあります。その上、このところの３０年ほど、学習指導要領の重点目標として「個性を生かす教育」が掲げられてきたので、“個性”ということばに対して、ことさら敏感に反応してしまいがちです。　だから、「ぼくの個性は何だろう？　わたしの個性を生かすには？」などと悩んでしまうことも多いようです。個性的でありたいと思いながら、“平凡な自分”しか見えずにがっかりしたり、わざわざ他の人と違ったことをやろうとする若者もいます。　“個性”については、いろいろな人がそれぞれの考えを述べています。　ぼくは、「人の個性は、持とうと思って持つものではなく、なにかをひたすらやり続けたり、いろいろな人と出会ったり、さまざまな経験をしているうちに自然ににじみ出てくるものだ。」と考えています。何かを成し遂げるためには努力は必要だけれど、少なくとも“個性的”であるために、特別な努力をして人と違うことをしたりすることはありません。　子どものうちは、それぞれの性格や特性の傾向に違いはありますが、“個性”を感じることは、あまり多くありません。つまり初めから個性的な人なんていません。そこをカンちがいしてしまって、子どものうちから、ムリに“個性的”であろうとすれば、とても不自然になります。逆に、塾のＯＢも含めて、真剣に生き抜いてきた大人たちは、どの人からも“個性”がにじみ出ています。　あえて他の人に合わせたり、ムリに他の人と違うことをしようとするところからは、“個性”は生まれそうにありません。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:04:42 +0900</pubDate>
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      <title>次の世代へ(２００９年４月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-1874/</link>
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      <description>４月５日に北朝鮮から（北朝鮮側は人工衛星としている）ミサイルが発射されました。以前から予想していた通り、これをきっかけとしてさまざまな意見が出てきました。「自衛隊に敵地攻撃能力を持たせよ」とか、（日本の核は、国際原子力委員会によって北朝鮮以上に厳重に監視されているのでほぼ不可能であるのを知らずに）「日本も核装備するべきだ」という声がどんどん大きくなってきています。北朝鮮と日米の軍事産業が裏で手を組んでいるのではないかなどと勘ぐりたくなります。　いま、先が見えない経済不況があり、世の中に不満やイライラがたまっているなかで、こういう傾向が強まっていることにとても大きな不安を感じています。学校の先生たちは、“政治問題”に触れてはいけないことになっているので、あまり聞いたことはないかもしれませんが、これは、じつは経済の問題だと思っています。例えて言えば、「ハゲは恥ずかしい」（言っちゃった〜！）というネガティヴキャンペーンを進めることによって、男性カツラのＣＭ効果が上がるようなものです。ＰＡＣＫ−３，ＪＡＤＧＥ，ＳＭ−３に加えて、ＪＤＡＭ（これが問題です）がすでに航空自衛隊に導入されています。（これらのことばの解説は長くなるので、関心のある人は検索してみてください。）これらの装備は、現在もそして将来にわたって膨大な国家予算を必要とします。そして、そのツケは次の世代が払うことになります。さまざまな意見があってよいと思いますが、すべては“次の世代が不幸にならないために”という原点を忘れてほしくありません。ぼくが、なぜこういう動きに不安を感じるか、そして、わたしたちの社会が戦争に巻き込まれないために必要なことは何か、などについては、別の機会に書くことにしましょう。５月３日は憲法記念日、そして近いうちに衆議院議員選挙があります。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 13:04:26 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　8</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:15:51 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　9</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:15:09 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　７</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:16:36 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　６</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:17:03 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　５</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:17:29 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　４</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:17:56 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　３</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:18:23 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　２</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:18:42 +0900</pubDate>
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      <title>保護者からのメッセージ　１</title>
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      <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 17:19:01 +0900</pubDate>
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      <title>勉強時間(２００７年８月２５日）</title>
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      <description>「一日何時間ぐらい勉強すればいいのかな？」と思うことはありませんか？　そんなときは、「自分は何時間ぐらい勉強することができるかな？」と考えてみたらよいと思います。そして、実際にやってみることです。この場合、“勉強する“というのは、つくえに向かっていることだったり、何かを書き写したりすることではなくて、“しっかりと自分の頭を使って考えたり、知らなかったことやあいまいだったりすることを確かめたり、新しい事柄を吸収したりすること”です。　そうしてみると、“勉強をやれる時間”というのは、意外に少ないということに驚くはずです。いや、これにはいくつか注釈が必要かもしれません。好きな勉強や興味のあることをやっているときは、この“勉強をやれる時間”は長くなります。その反対に、キライな科目やおもしろくないことをやっているときには、自分にとっては長く感じても、実際は短い時間であきてしまったり、頭が働かなくなりますね。さらに、受験だとかテスト直前だとかになると、いつもよりもがんばれるような“気”がします。　つまり、勉強時間というのは、状況により、人によってちがってくるものです。昔々の大学入試では、“四当五落”といって、４時間睡眠の人は合格で、５時間寝ると落第する、などということが冗談半分に言われ、それをまともに信じて体をこわした人がいました。でも、これほどではなくとも、多くの人にとって高校生から大学生にかけては、かなりムリが利くようになります。これを、ぼくたちは“あたまの体力がついてきた”といいます。でも、中学生くらいまでは、まだまだ“あたまの体力”が充分ではありません。　だから、テスト前にがんばって勉強したのに思うような点が取れなかった、などというときは、この“あたまの体力”の限界を超してしまって、せっかくわかっていたはずのことが混乱した結果です。現在の自分の“あたまの体力”を考えて、人との比較ではなく“自分にとってのベストの状態”を維持できるようになるとすばらしいですね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:57:20 +0900</pubDate>
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      <title>ほんとうの学力って？(２００７年９月２５日)</title>
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      <description>ぼくは、お父さん・お母さんたちが小中学生であった時代から塾をやっています。この数年、“学力低下”ということばをよく耳にしますね。しかし、テスト学力（受験学力）についていえば、そのころの子どもたちと比べて、いまの君たちが特に低くなったとは思えません。ただ、学校で習うことと関係のないはずの知識や技術のない子がとても多くなっていることには、驚くことがあります。　たとえば、自分の家のどちらの方角から太陽が昇るのか、きゅうりはいつごろがおいしいのか、服はどうやってたたむのか、などのように日常生活の中で身につける知識や技術です。また、不安や不満はいっぱいたまっているけれど、疑問や怒りがあまりないので、“考え”が深まっていかないこと、なども“学力低下”を感じさせるのかもしれません。　でも、よく考えてみると、これらは、子どもだけのことではないように思います。あらゆることについての情報があふれ、瞬時に膨大な情報を送り込むテレビやウェブに囲まれていれば、大人だって、経験を積むことができなってしまいます。　むかしからの塾仲間である池見さんという人が考えるほんとうの学力は、「考えて生きることで、みんなと･楽しく･そして自分らしく生きてゆくことができる。そのような生き方を実現し、またそれを実現しようとする自分を支える力」ということです。ぼくもこれに賛成です。　これは、受験学力と矛盾することはありません。考えることで、周囲の状況を的確につかむという意味で、受験学力の邪魔にはならない、逆に受験学力だけあっても、与えられたことだけ、指示されたことだけはできるけれど、自分のことしか考えられない優等生はたくさんいます。汚職・公金着服・事故隠し・記録書き換え・・・などをやっているのは、みんなかつての優等生たちです。そういうことをすればどうなるか、仮に生涯バレなかったとしても、かけがえのない自分の一生にとって、どんな重荷になるかを考える力がない、という意味では、彼らには“学力”がなかった、と言えるのかもしれません。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:57:35 +0900</pubDate>
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      <title>睡眠は大切(２００７年１月２５日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-446/</link>
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      <description>「眠れない」「眠っても、夜中に何度も目が覚める」と言う子がいます。聞くと、寝る直前までテレビを見ていたり、ゲームをやっていたり、と言います。　寝る直前まで明るいディスプレイ（画面）をみていると、脳がなかなか休まらずに、起きているときと似た状態（レム睡眠）が長くなるようです。レム睡眠のときには眼球が激しく動いていて、こういうときには夢を見ています。その反対のノンレム睡眠（深い眠り）のときはゆったりとした脳波が出ています。　よい睡眠は、成長や肌の新陳代謝を活発にするし、免疫力やストレス物質を取り除く働きもあるようです。ノンレム睡眠の長い、質のよい睡眠をとることは、食事と同じようにとても大切です。　勉強を例にとってみても、勉強時間や勉強量よりも、睡眠が勉強効果に与える影響は大きいといわれています。睡眠が不足した場合、記憶能力、連想能力、計算能力、などさまざまな精神活動が低下しますが、とくに大きく低下するのが“集中力”だそうで、これは、子どもたちの様子を見てもよくわかります。　「あれっ？　なんでこんなことを書いたんだろう。」と、書いた本人がびっくりするようなミスが多かったり、たった今やったばかりのことをすっかり忘れてしまったりなどの場合の多くが、寝不足やレム睡眠が長い質の悪い眠りであるようです。　そうだとすれば、勉強時間が少ない、勉強しても思うようにできない、となげくよりも、まず、いろいろなものを規則正しく食べる食事、適度な運動、とともに質のよい睡眠ができるようにすることが大切だと思います。しかも、それらを生活の習慣として身につけることができれば、すくなくともその人なりのベストの体調が保てるはずです。　いまの時期だと、寝る前にテレビなどを見ないことと合わせて、お風呂に入ったり部屋を暖めておいたり足首を暖めて布団に入ったりというのも、よい睡眠のためには有効であるようです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:52:29 +0900</pubDate>
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      <title>英語について(２００６年１１月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-445/</link>
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      <description>前回、数学について書いたので、今回は英語について書いてみます。　「おれ、英語なんて一生使わないよ。外国人とつき合うことなんてないし、旅行に行くとしても、英語話せる人と行くよ。」英語嫌いな子のきまり文句です。実際、英語なんて大っ嫌い、という子は少なくありません。　「なんで英語やるの？」という本（塾にもあります）が評判になった３０年ほど前、「そんなの、入試に出るからに決まってるよ」と言い放った塾生がいました。英語嫌いっ子と同じように、英語という教科のある面での特徴を言い当てています。だから、「入試から英語をなくそう、そうすれば日本人の英語も少しはマシになる」と言った人の考え方もわからないではありません。　学校で習う英語は、テストなどでの＜評価＞があるので、そのままでは＜使える英語＞にはなりません。なぜなら、スペルがまちがっていたり、語順がちがっていたり、３単現のＳを落としている答案に○をあげるわけにはいかないからです。一方、語学の修得は、どの英語上達書も指摘するように、まさに「習うより慣れろ」です。ぼくらが日本語を身につけてきた道筋のように、たどたどしい口調を笑われたり、繰り返し同じ話を聞いたり、意味もわからないうちから本を朗読したり、ヘンな文章を書いて恥ずかしい思いをしたり、の積み重ねが大切です。おじさんとの交換ノートを何年か英語だけでやり取りした子たちは、いまではほとんど自由に英語を読み書きしています。内容が伝わるかどうかだけを大切にしてスペルや文法のミスは一切問題にしなかったからです。　最近の英語の教科書は＜役に立つ＞と称して、会話表現を取り入れてきています。ところが、こういう傾向が強まってきてから、いっそう「英語が分からない」という子が増えているような気がします。＜自然な会話＞をめざすあまり、初歩の段階から短縮形で表示したり、文法的に説明しにくいくだけた表現を取り入れているためだと思います。　結論から言えば、学校の英語を勉強するときには、評価から離れられない以上＜すぐに役に立つ＞ことを目指すのではなく、あか抜けなくても、英文の基本的な仕組みと表現をひとつひとつ積み上げていくことが必要です。それが、いろいろなことに神経を配る訓練につながっていきます。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:51:23 +0900</pubDate>
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      <title>算数・数学について(２００６年１０月２３日）</title>
      <link>http://suzukigakuin.com/blog-444/</link>
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      <description>むかしから、算数・数学ができる小中学生は“あたまがいい”と言われてきました。たぶんというか、だからというか、体育や音楽や社会が得意でも「これで、算数ができればねえ」と、低学年のころから算数の勉強に口を出し、数学ができないといっては心配するのでしょう。学校のテストや入試でも、どの教科も同じ配点なのに数学の成績が気になるのも同じ感覚の延長なのでしょう。　塾でも、算数や数学がどの程度わかっているかに注目します。それは、“あたまのよさ”を知るためではなく、与えられた条件を正確に読み取って必要な目標に到達できるかどうかを判断するときに、数学が処理する力の目安のひとつになるからです。　ＩＴ時代になれば計算力は必要ないという人もいます。たしかに、計算が得意な人が数学全般ができるとは限りません。また、コンピュータに全体の考え方の流れを示せば複雑な計算はすべてやってくれますが、計算という作業には、全体に気を配りながらも部分に神経をはたらかせる、という訓練の意味もあります。　実際、塾で見ていると、算数・数学が全般的に得意な子は他の教科もまあまあの理解力を示す、という例が見られます。数学はとびぬけてできるけれど他の教科はまるでダメ、という子がたまにいますが、これはかなり珍しいケースなので目立つのかもしれません。　でも、これはせいぜい中学数学までの基本的部分について言えることで，高校以上になって、それぞれの関心がいろいろに分かれていくにしたがって、数学好きが他の教科ではまったくさえなかったり、逆に、数学は苦手だけれど、語学や芸術などにはかなりの力を発揮する人が多くなります。　そういう意味では、小中学校時代にも、算数・数学を特別扱いするのではなく、他の教科と同じように考えていていいのではないかと思います。すくなくとも、算数・数学が苦手だからといって、コンプレックスなどは持たないようにしたいものです。本来、算数・数学はパズルなので、他の教科よりも“遊ぶことを楽しむ”教科なのです。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2009 12:49:53 +0900</pubDate>
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