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2016年10月23日
日曜日
死刑制度(2016年10月22日) ( 教室通信 )
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世論の8割が死刑制度存続を支持している中で、今月7日、日本弁護士連合会(日弁連)から「死刑制度を廃止し仮釈放のない終身刑の導入を目指す」という宣言が出ました。
学生時代に刑法学を学んでいたぼくは、“死刑制度”を最大のテーマにしてきたので無関心ではいられません。そこで、ぼく自身の“死刑制度論”を簡潔に書くことにしました。
まず、近代の“法”は、それが適用される期間と地域を限定している社会を維持することが
目的なので、その目的を越えてしまう刑罰(身体刑)を科すことはできない、という点です。
だからこそ、かつてあった鞭打ち・水責め・石打ち・刺青などの身体に対する刑罰は、日本を含むほとんどの国から姿を消したのです。懲役刑・禁固刑・罰金刑などは、基本的人権のうちの“自由権”を制限する“自由刑”です。“仮釈放のない終身刑”は究極の自由刑ですが、死刑は、近代の法の考え方とは相容れない“絶対的な身体刑”です。
つぎに、近代の“法”は、復讐感情の代行をしない、という点です。
仮に、最愛の子どもが泥酔運転の犠牲になったら、あるいは、家族同然のペットが惨殺された場合ですら決して許すことはできない、ぼくだったら犯人を殺しに行くかもしれません。 それほどまでに、人間の復讐感情はだれにでも底深くあります。しかし、上の2つの例では死刑は適用されません。“殺人罪”ではないからです。また、たとえ殺人罪であっても犠牲者が一人である場合にはほとんど死刑にはなりません。前に述べたように、社会を維持することが近代の“法”の第一の目的であって復讐感情の代行ではないからです。
別の面で考えると、弁明の余地がない犯罪を犯してしまった人間にとって、死刑よりも仮釈放のない終身刑のほうが苛酷な刑罰であることを考え、また、社会防衛の立場からも冤罪回復の可能性からも“仮釈放のない終身刑”こそが最適な法制度ではないかと思うのです。
「残虐なことをした人間に生きる権利はない」「国民の血税で悪人を養う必要はない」という意見もありますが、これも社会を維持するための必要コストだと考えるのはどうでしょうか。
国家権力の最も強権的な行使が、対外的には戦争であり国内的には死刑制度であるとすれば、死刑は廃止される方向に進んでいくべきだと、ぼくは考えています。
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