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2011年04月27日
水曜日
「ナージャの村」のこと(2011年4月26日) ( 教室通信 )
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「ナージャの村」という映画の話をしましょう。これは、ベラルーシ共和国(白ロシア)ゴメリ州のドゥヂチ村に住む人々の日常を一年以上もいっしょに暮らして撮り続けた、本橋成一監督の初めての記録映画です。この映画は、本橋監督の人柄に魅了されたおじさんとおばさんが珍しく活動の中心となって、13年前浦和で上映会を行い大盛況でした。
ナージャはこの村に住む当時8歳の少女の愛称で<希望>という意味です。映画は、村人の生活を、豊かな自然の季節ごとの移ろいとともに、息をのむような美しい映像で描いています。実際にドゥヂチ村に足を運んで構想を練った小室等の音楽も映画の気分をよくとらえています。
実は、この美しいドゥヂチ村は、1986年4月26日、あの大事故を起こしたチェルノブイリ原発から170km北にある放射能高濃度汚染地区(ホットスポット)で、強制移住、立ち入り禁止地区に指定されました。事故前は300世帯もあった村に、6世帯15人だけになっています。彼らは汚染されていることを知りながらも移住を拒否し、祖先の残した大地とともに、豊かな営みを続けています。
でもそんな悲劇の村であることを示すのは、ときどき映る村はずれのいくつかのゲートと、「危険地区」の表示だけです。映画にはどこにも声高な主張はないのに、事故の恐ろしさが伝わってきます。
原発の怖さについては、この通信でも何度か書いてきました。放射性物質による汚染は、核実験も含めて地球上に広がっています。人類の未来を考えると、これ以上決してあってはならないことだからです。しかし一方では、現代人がラク・トク・ベンリを追い求める限り、この一見クリーンで手軽そうで膨大な利益を生むエネルギー源はなかなか手放さないだろうな、とも半分あきらめていました。そして、少しずつの放射能汚染があったとしても、まさかこれほどの事故を、生きている間に目の当たりにするとは考えもしませんでした。その意味では、原発推進・脱原発を問わず、現代人はこの困難を乗り越える責任があるはずです。天災も人災も、起きてしまったことを冷静に分析し、悲劇を繰り返さないための知恵を出し合うことこそが、犠牲になった人たちに対する真の供養だと考えています。
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定休日・備考 |
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住 所 |
〒330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤3-14-20 |
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