今すぐ資料請求

  • はてなブックマークに追加
  • del.icio.us に登録

TOP教室通信大衆(2014年1月25日)

2014年01月26日 日曜日 大衆(2014年1月25日)     ( 教室通信 )

img1先日の新聞に、フランスの文人アナトール・フランスの「大衆に対しては、いかにしてとか、どんな具合にとか言ってはならない。ただ、<そうだ>あるいは<そうではない>と言わなければならない」ということばが紹介されていました。これは、はるか昔にどこかで読んで、“若い大衆”の一人としてちょっとした怒りを感じたことばであることを思い出しました。
 それとともに、もう40年近く前、いわゆる底辺校といわれる高校の生徒であったY君が、「優秀な高校の連中は、自分で判断して限度を知っているけれど、オレたちパンピー(一般ピープル?)は、校則でキッチリしばられないとメチャクチャになっちゃうんですよ。」と言うのを聞いて、なさけなさと悲しさと怒りがいっしょにこみ上げてきた記憶もよみがえりました。また、かつて、ぼくの知り合いだった議員から聞いた、保守系のベテラン政治家が言い放ったという「キミたち市民派議員は、有権者に紙を食わせている(政策や主張を述べたチラシ類を配る)けれど、あんな当てにならないことはない。カツどん一杯食わせたヤツは確実についてくる。」ということばも思い出しました。
 この3つは、それぞれ、「大衆は断言を求める。その理由は要らない。」「大衆は、考えさせるより指示が必要」「大衆は、考え方より目の前の損得を求める」ということを表しているのかもしれません。
 沖縄では、米軍基地の移転をめぐって大きな動きが出ています。知事は、目の前の利益(開発援助)のために、辺野古移転を承認しましたが、当の名護市民(大衆)は、将来の子どもたちのために、援助よりも拒否を選びました。オスプレイの基地としてねらわれた高江の住民たちは家族ぐるみで体を張って、工事を阻止しています。
 生活文化をもった大衆は底知れない力を発揮する、というのは歴史が示しています。また、「むずかしいことはわかんないけれど、オレの生き方とはちがう。」と言った年寄りもいました。心配なのは、その“生活”を失った大衆が増え続けているのではないか、ということです。そういう“大衆”の割合が最も多いとみられる東京の知事選挙が告示されました。
 お祭り気分を盛り上げる論調や、断言調のスローガンにまどわされず、自分たちの将来の生活をどのように考えているかを、隣県の大衆の一人として見守りたいと思います。

 

 

すずき学院 学習教室

電 話

048-833-7655

受付時間

9:00〜22:00

定休日・備考

特に設けておりません。

住 所

〒330-0061

埼玉県さいたま市浦和区常盤3-14-20

交 通

JR京浜東北・根岸線北浦和駅 徒歩7分

ページトップへ