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2014年09月28日
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命(いのち)(2014年9月27日) ( 教室通信 )
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人は、この世に生を享けこの世を去るまで、さまざまな命の危機に直面します。災害もあれば、病気や事故もある、さらに、ふと衝動に駆られることだってあります。生まれてすぐに終わる命もあれば、100歳を越してなお健在の人もいます。
71歳になる現在までよく生きてこられたな、とあらためて思います。2歳になったばかりのころ、すぐ裏の家に爆弾が落ちて一家4人が全滅したと聞きます。米軍機からの機銃掃射を避けるために近くの麦畑に祖母と隠れていたのが、ぼくの一番古い記憶です。幼児のときには、高い木から枝ごと落ちたことも、道路でローセキ(蝋石)遊びをしていて練習中の競輪自転車にひかれたこともあります。小学生や中学生のころは、利根川や荒川で、2,3度おぼれかけたこと、兄弟げんかで大怪我をしたことなど、いま考えるとゾッとすることを限りなく思い出します。青春時代はご多分にもれず、消えてしまいたいほど迷い悩み苦しみ抜いた時期でした。十数年前には癌(がん)の手術も経験しました。
その一方で、家族を含め大切な友人知人たちをたくさん見送ってきました。とくに若くして亡くなった人たちのことを思うと、いまでも胸が張り裂けそうです。
こうして考えてみると、多くの人たちの支えと偶然が重なって今ここにいる、と実感します。
人生は、なにが起きるかわからないからこそエクサイティング(わくわく)である一方、どんな危険が待っているかわからないスリリングな旅です。だからこそ、子どもたちにも若い世代の大人たちにも、命の危機に直面したときには、自分の本能に従って少しでも命が助かる方向を選んでほしいのです。災害や事故のとき、病気や絶望に苦しむときも、なにがあろうと生き抜いていく先に、必ず希望があります。戦争中は、「生きて虜囚の辱めを受けず」(敵に捕まるくらいなら死ぬべき)「玉砕」(国に命をささげること)が奨励されました。そして、現代でもまだ、命を投げ出して・・・が称賛される風潮が残ります。仮に国が滅びて、一時的に捕虜になったり奴隷にまでなったとしても、「生き抜く先に希望がある!」と信じてほしいのです。
人生の半ばで心ならずも命を終えた多くの人のためにも、いま人生の道を歩いているぼくたちは、肉体のあらゆる細胞が自然に役割を終えるとき(老衰)まで生き抜く義務があるとさえ、おじさんは考えています。
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